「呼ばれたい名前」は何か — ブランディングの対話の入口
日本人がみな苗字を持つようになったのは、1875年2月13日の「平民苗字必称義務令」からです。それまで村の人々は、家の役割を物語る屋号で呼び合っていました。呼び名は願望ではなく、その家が何をしているかの要約である。「呼ばれたい名前」を考える対話の入り口です。

ブランディングの話は、理論を並べる前に、たった一つの質問から始めるのがいいと考えています。あなたの宿は、ゲストにどう呼ばれたいですか。正式な屋号でなくて構いません。「あの山の見える宿」「子連れで安心する宿」「湯が上手い宿」。この記事は、その答えを考えるための対話の入口を提案する記事です。正解の提示ではありません。地図でも鏡でもなく、問いの置き方の提案です。
名前のない家があった国
この問いに歴史の裏付けを与える話から始めます。日本では、すべての国民が苗字を公的に名乗るようになったのは、たかだか150年前のことです。1870年(明治3年)、政府は平民が苗字を名乗ることを許可しましたが、名乗る家は思ったより少なかった。そこで1875年(明治8年)2月13日、「平民苗字必称義務令」が出され、苗字が義務になりました。2月13日が「苗字の日」とされるゆかりの日です。役場に届け出のない家には、係りの者が苗字を書いた板を戸口に打ち付けたと伝えられます——表札のはじまりの逸話として。
では、苗字が義務になる前、村の人々は互いをどう呼んでいたのでしょう。同じ集落に同じ家柄が並ぶため、家には「屋号」がついていました。屋号は、その家の役割と由来の要約です。薬屋の生まれの歌舞伎役者の家が「澤瀉屋」を名乗るように、屋号は家業や土地の特徴を物語りました。苗字の多くも、実際にはこの屋号と地名から起こされています。研究者は、日本の苗字が個人の特定を直接の目的とした「個人名」ではなく、家を超世代に渡って続かせる「家名」であったことを指摘しています。つまり日本では、呼び名とは「その家が何をしているか」の要約だったのです。
「呼ばれたい名前」は、職務記述である
ここからが、この記事の提案です。屋号の文化が教えるように、呼ばれる名前は、その家の実態の要約です。あなたの宿が「〇〇の宿」と呼ばれるなら、その〇〇は、宿が実際にしていることのはずです。湯が上手い宿は、湯が上手いからそう呼ばれる。だから「呼ばれたい名前」を決める対話は、同時に「何をしている宿か」「これから何をする宿か」の対話になります。名前は、後から貼るラベルではなく、先に立つ職務記述なのです。
対話の3つの入り口
- 今は、どう呼ばれているか — 予約の電話での名乗り方、レビューに書かれる言葉、地元の人の呼び方。まず事実を集めます。呼ばれている名前は、改装していない貴重な資料です。
- 5年後に、どう呼ばれたいか — 今の呼ばれ方の延長線上に、その名前はあるか。なければ、何を始めれば届くか。
- 友人に、どうすすめたいか — 「今度〇〇みたいな宿に泊まって」というときの〇〇。勧められる一文が書けたら、名前の核があります。
参考までに、宿の名前によく現れる型を並べておきます。地域の名を冠する型(「○○の宿」)。自然と風景の型(森、海、里山)。体験と過ごし方の型(ゆっくり、暮らす)。物語と由緒の型(「〜の家」「〜庵」)。これらは正解ではなく、考えるための鏡です。鏡に映ったものが、そのまま正解になった試しはありません。
名前が決まった後の3つの揃え
名前の候補が絞れたら、3つを揃えます。①言葉——名前と噛み合うキャッチコピーと説明の一文。②写真——その名前が写真に「見える」か。「森の宿」の主要写真が駐車場では、名前が嘘になります。③体験——その名前にふさわしい時間が、実際に宿で起きているか。名前は、この3つが揃って初めて外に向かいます。
もう一つ、簡単な点検を。電話でその名前を名乗った時、相手が「どこにある宿ですか」と聞き返したら、名前と場所がまだ結ばれていません。名前は、地図の上の一点と結ばれて、初めて探索可能になります。
名前の反対側 — 変えられないもの、変わらないもの
- 変更のコスト — 登記、看板、予約サイト、地図上の登録。名前の変更は思いのほか重い出費と手続きです。変えられないなら、名前の中身(体験)を変える方が早い。
- 正式名と通称の併存 — 「正式には〇〇荘、地元では△△さんち」は、屋号の文化そのものです。併存を欠点と思わないこと。
- 乖離を恐れすぎない — 「呼ばれたい名前」と「呼ばれている名前」のずれは、失敗ではなく資料です。ずれの方向に、宿の実態と世評の力関係が出ます。
- 名前は現場のものでもある — スタッフが自分の宿をどう呼び、どう説明するかは、どの広告より強い。名前の対話に現場を混ぜること。
- 由来の誇張をしない — 由緒ある名前にしたい誘惑。歴史の由来は、記録で確認できるものだけ語る。名前の信頼は、一度の誇張で消えます。
1875年、役場の人は、名前のない家の戸口に、書き立てたばかりの板を打ち付けたと伝えられます。あなたの宿の扉の横には、もう名前があります。この記事の問いは、最後には一つに戻ります。その名前の中身は、今日も追いついていますか——名前を変える前に、名前に追いつく。それが、呼ばれたい名前への最短の道のりです。
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- 1つだけ残すなら、何を残すか — ブランドの引き算 — 名前の中身を絞る話
- 何を「やらない」か — 断りのリストの力 — 名前の輪郭を決める話
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