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インバウンドARTICLE 162

温泉の楽しみ方を絵で伝える — 言葉に頼らず絵と写真で伝える温泉のアイデア

温泉地は2,839か所、源泉は約2万8,000。ローマの浴場では入浴の手順が部屋の配置に刻まれ、絵で伝える技術は1964年の東京五輪から世界標準になりました。温泉の絵案内を、動線と作法と安全から設計するヒントを集めました。

温泉の楽しみ方を絵で伝える — 言葉に頼らず絵と写真で伝える温泉のアイデア
2025.01.11Inbound5分で読めます

温泉は、日本の文化の中でも「言葉で説明しにくいもの」の筆頭です。洗い場で体を洗うこと、湯船がみんなのものであること、タオルを湯に入れないこと——これらはどれも、日本で育った人には説明するまでもない空気ですが、初めての人には想像すら難しいのです。だからこそ、温泉の案内は「絵」の実力がいちばん試される場所です。

温泉地2,839か所、「ある」だけでは選ばれません

環境省の「温泉利用状況」によると、2025年3月末時点の温泉地数は全国で2,839か所、源泉の総数は2万7,899です。温泉地の数は2019年度から6年連続で減っており、この6年間で132か所減りました。源泉が最も多いのは大分県の5,094か所で、湧出量も全国1位です。数がゆっくり減っているという事実は、宿にとってこう読み替えられます。温泉は「ある」だけでは選ばれません。温泉地ごとの説明と体験の質が、これからの差になります。絵の案内は、その最も手堅い投資です。

FACT温泉地数2,839か所・源泉総数2万7,899(2025年3月末時点・環境省「温泉利用状況」) — 温泉地数は2019年度から6年連続の減少。源泉数は大分県の5,094が全国最多。

手順が建築に刻まれた浴場 — ローマのテルマエ

2,000年前のローマの公衆浴場(テルマエ)の入浴は、手順の連続でした。アポディテリウム(脱衣所)で衣服を脱ぎ、パライストラ(運動場)で体を動かし、テピダリウム(温浴室)で熱に慣らし、カルダリウム(高温浴室)で本格的に温まり、フリギダリウム(冷浴室)で締めます。この順番は、浴場の建物の部屋の配置として、そのまま刻まれています。入浴者は廊下を進むだけで、正しい順序を通過するように建てられていたのです。

なぜこの話が面白いのでしょうか。巨大な浴場に案内板が一枚もなくても、建物そのものが案内板だったからです。本質は「説明とは動線の設計である」ということ。日本の温泉にも同じことが言えます。靴を脱ぐ所→脱衣所→洗い場→湯船。この動線のそれぞれに絵を置けば、説明は建物が運んでくれます。壁に一枚「絵の案内板」を飾るだけでは、順番は伝わりません。順に、進みながら出会う形に置きましょう。ここが設計の核心です。

CASEローマのテルマエは、入浴の手順(脱衣→準備→温浴→高温浴→冷浴)が部屋の配置として建築に刻まれていた — 案内板がなくても、動線そのものが案内だった。説明とは動線の設計である。

絵で伝える技術は、東京生まれ

「言葉に頼らず絵で伝える」ことの国際的な系譜は、意外なところにあります。1964年の東京オリンピックです。この大会で、絵文字による標識「ピクトグラム」がオリンピックで初めて本格導入されました。勝見勝らの指揮の下、若手のクリエーターたちが施設案内用の絵文字を39種類作り、その著作権を放棄してまで普及を優先したといいます。以後、ピクトグラムはメキシコ大会以降の五輪や万博、世界中の空港に広がり、トイレの男女マークの世界標準もこの流れの中で生まれました。

つまり「絵で伝える」ことは、日本が国際社会に持ち込んだ発明です。温泉の絵の案内は、その発明の延長線上にあります。絵は翻訳ではなく、すでに世界標準になった言語なのです。

作法の核 — 湯船は「みんなの湯」です

絵にするべき順番を具体的に並べると、こうなります。①靴を脱ぐ ②脱衣所で服を脱ぐ(タオルを一枚持っていく)③洗い場で体を洗う ④かけ湯で体を湯に慣らす ⑤湯船に入る(タオルは頭に載せるか、湯船の外へ)⑥上がったら体を拭いてから脱衣所へ。この6枚のうち、いちばん伝えたい本質は③と⑤の関係です。日本の温泉の湯船は、洗った体で入る「みんなの湯」です。洗い場と湯船は別の部屋ではなく「順番」でつながっている——これが絵で伝われば、作法はルールではなく理屈として理解されます。

数字で伝えるものも決めておきます。源泉の温度(例:42℃)、泉質の名前、pH、そして「源泉かけ流し」か「循環」か。硫黄の匂いは「湯の説明書」の一部です。飲用できる湯は限られます——飲める場合は「飲用可」の表示がある場所だけ、という一行も添えます。

タトゥーの説明は、一枚のカードで

海外ゲストの入浴で避けて通れないのがタトゥーの話です。観光庁は2016年3月、「入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に際し留意すべきポイントと対応事例」を示し、シール等で覆う方法や衛生的な入浴着での対応などを例示しました。対応は施設ごとに異なり、ルールを明示する宿、カバーシールで入浴できる宿、貸切風呂を案内する宿があります。大事なのは、どの選択であれ「説明すること」です。ルールが分からないゲストは、トラブルを起こす前に黙って去ります。当宿の考えを絵と英語で一枚にして、予約の時点で見える場所(サイトの写真、予約確認メール)に置きましょう。それが「説明のない温泉」から抜け出す最短のコースです。

熱い湯との付き合い方

  • のぼせ — 長く浸かるより、数回に分けて入ります。湯上がりに水を飲める場所を、絵と一緒に案内しましょう。
  • 温度 — 「熱い」は感覚なので、温度は数字で表示します。熱い源泉には、少しずつ慣らす旨の一行を添えましょう。
  • 滑りと子ども — 洗い場は濡れて滑ります。子どもから目を離さない旨は、家族にこそ伝わる絵で。
  • 体調 — 飲酒後の入浴は避けましょう。持病のある方は無理をしないという一般の注意を添えます(医学的な効能の主張はしない)。
  • 向く宿・向かない宿 — 大浴場・露天風呂を持つすべての宿で絵の案内は機能します。作れない宿はほぼありません。あるのは「まだ並べていない」だけです。

InnBuddy VIEW

温泉の絵の案内の正体は、動線の設計と、世界標準になった絵の力です。ローマの浴場は建物そのものが案内でした。東京五輪は絵を世界の共通語にしました。まず小さく、入口から湯船までの6枚の絵を、進む順番に並べること。それだけで温泉は「言葉の壁のない場所」に変わります。

この記事はアイデア共有を目的としています。入浴には安全面・衛生面の配慮が前提です。飲用は「飲用可」の表示がある湯に限り、体調の優れない方は無理をしないでください。

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