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体験設計ARTICLE 193

島の宿から考える — 東南アジアの島の宿に学ぶ風と水の過ごし方アイデア

マレーの伝統家屋は、高床の下に風を通し、屋根の換気壁が暖気を抜き、客は風の通る外側の部屋で遇されます。水は溜めて配るもの。風と水を扱う東南アジアの島の知恵から、日本の宿への小さな翻訳を集めました。

島の宿から考える — 東南アジアの島の宿に学ぶ風と水の過ごし方アイデア
2025.02.10Experience Design5分で読めます

東南アジアの島の午後には、高い確率で雨が来ます。昼すぎに雲がそびえ始め、午後に激しく降り、夕方には晴れるのです。気温は一年を通してほぼ同じで、季節の違いは雨の量に現れます。季節がゆるやかな土地では、天気は「予報」よりも「時間割」に近い存在です。風と水は、この土地の暮らしの主役でした。この記事は、エアコンのない時代に東南アジアの島々で編み出された、風と水の建築と暮らしの知恵を分解して、日本の宿に持ち帰る話です。

壁が呼吸する家 — マレーの伝統家屋

マレー半島と周辺の島々に伝わる伝統家屋は、気候の設計の見本のような建物です。家は高床で、床下に風を通しながら、湿気と洪水と獣を避けます。間仕切りは少なく、窓は全開できるのです。屋根の妻の部分には換気の壁(テバルラヤル)が立ち、暖まった空気を屋根裏から抜きます。屋根材のアタップ(ヤシの葉)は、熱を溜め込まない性質で知られます。1987年に出版された『The Malay House』(リム・ジーユアン著)は、この家を「西洋のレンガの家よりも気候に適している」と論じ、以後も熱帯の住まいの研究が伝統家屋の性能を検証し続けてきました。建築家によらない、長い試行錯誤の産物です。

RESEARCHマレーの伝統家屋は、高床・少ない間仕切り・全開可能な窓・妻の換気壁(テバルラヤル)・ヤシの葉の屋根という、通風と遮熱の組み合わせで設計されている(1987年刊行の『The Malay House』と、その後の熱性能研究による) — エアコン以前の気候設計の完成形の一つ。ただし研究には、家の向きが悪い場合に日中の室内が35度に達するという測定もあり、伝統の設計は「快適」よりも「生き延びる」ための設計である点に注意が必要。

客は、家の外側で遇されます

伝統家屋の間取りは、外から内へと並びます。軒下の空間(アンジュン)、客を遇す前室(セルンビ)、家の中心(ルマ・イブ)、そして台所。注目すべきは、客が家の奥に入らないことです。客は、風の通る家の外側の部屋で遇されます。日本の縁側や土間が「客を家の境界で遇す」空間であるのと、同じ発想です。家の内側は家族の領域であり、外側は風と客の領域です。この境界の設計は、宿の設計にそのまま翻訳できます。客の居場所を、風の通り道に置きましょう。それだけで、客室は「個室」から「家の呼吸する部分」に変わります。

水は、配るものです

東南アジアの伝統的な入浴は、マンディと呼ばれるやり方です。大きな桶か甕の水を、柄杓ですくって体にかけます。蛇口から「出る」水ではなく、溜めておいて「配る」水です。雨水を甕に溜め、井戸水をくみ、雨季の水を暮らしに分配します。水は、パイプの向こうにある無限の資源ではなく、空から来て、溜めて、使い切る有限のものとして扱われてきました。夕立もまた、この水の循環の一部です。午後の激しい雨は、災害ではなく一日の区切りとして暮らしに組み込まれています。洗濯ものを取り込み、軒下で雨を眺め、雨が上がったあとの涼しさを待ちます。雨の時間割に合わせて、暮らしの時間割が動くのです。

風水の語源に立ち戻る

話は少し飛びますが、「風水」の語源をたどると、このテーマの核心に触れます。風水の語源は、晋代の郭璞『葬書』の「気は風に乗じて散じ、水を界てて止まる」という一節に求められます(通説による)。風と水は、目に見えない気を運び、留める二つの媒体でした。東南アジアの島の家々が編み出してきたのは、まさにこの二つを扱う技術です。風を通し、水を溜めます。冷暖房のない時代の建築は、風と水の場所と時間を設計する営みそのものでした。現代の宿がここから学ぶべきは、設備の力ではなく、風と水を「見えない主役」として扱う視点です。風と水は、どちらも直接は目に見えません。見えるのは、風下に揺れる木の葉と、注がれた水の面だけです。

日本の宿への翻訳

  • 風の対角線 — 窓を二つ、対角に開けると、家の中を風が貫きます。あなたの宿の風の通り道を一枚の図にして、「この家の風」として客室に置きましょう。
  • 客の席を外側へ — 縁側・軒下・デッキに椅子を一脚。セルンビのように、風の通る場所こそが「客の席」になります。
  • 水を見える場所に置く — 水差し、やかん、手洗い鉢。水を注ぐ所作が見える宿は、水が主役の宿です。雨水を暮らしに使う技術は「雨水を暮らしに活かす」の記事に譲ります。
  • 夕立の案内 — 「この時期は16時ごろに雨が来ます。軒下にお茶を用意します」と一行。雨の時間割を案内する宿では、雨が敵になりません。
  • 湿気と戦わない — 通風を主役にするなら、網戸・除湿・清掃を先に整えます。自然の風の部屋と機械の涼の部屋を、正直に分けて案内します。

反対側 — 島の開放性は、そのままでは輸入できません

  • 湿気とカビ — 日本の湿気は、開放的なつくりの宿でカビのリスクになります。通風のデザインは、湿気対策と衛生管理とセットで初めて成立します。
  • 蚊と虫 — 開口部を増やすほど、虫の通り道も増えるのです。網戸の維持と、屋外の水場の管理を組み合わせます。
  • 防犯 — 開口の設計は、鍵と動線の設計と同時に進めましょう。夜間の施錠のルールを、開放感を壊さない形で明示します。
  • 台風と豪雨 — 日本の雨は、熱帯の夕立と量も強さも違います。軒の深さ、水はけ、屋外家具の固定まで含めた設計を。
  • 快適の下限 — 「風だけ」を美徳にしないこと。気温と湿度が限界を超えた客室は、設計思想があっても不快でしかありません。機械の涼との併用を正直に案内する宿のほうが、信用されます。

東南アジアの島の家々は、目に見えない風と水を、高床と換気の壁と甕と柄杓で暮らしの中に置いてきました。あなたの宿で、いちばん風の通る場所に、今日、椅子はあるでしょうか。なければ、そこが次の仕事です。風はタダで、椅子は一脚で始められます。

この記事はアイデア共有を目的としています。建築の開口部や水まわりの変更は、建築基準法・防犯・衛生面を確認のうえ、専門家にご相談ください。

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