GOAL 7 · TARGET 7.3 エネルギー・脱炭素 4分 / 2312文字 建物から読み解く #003

コンクリートの塊が発電所になった日:ホテル・マルセルの逆転

高速道路の分岐点に立つ、長く空きビルだったコンクリートの塊。建築家でもあるオーナーはそれを、ガスを一切使わないホテルに変え、光熱費を一般的なホテルの約4分の1に抑えた。鍵は、電気をたくさん作ることより先に、電気を使わない建物にしたことだった。

夕方のコネチカット州ニューヘイブン。州間高速道路95号線と91号線が交わるあたりで、渋滞の車列の向こうに、窓の小さなコンクリートの建物が浮かんで見える。駐車場の屋根には太陽光パネルが並び、館内ではエレベーターが静かに上り下りしている。その箱は、動きながら電気を建物へ返している。

空きビルを、ホテルに

建物を設計したのは、モダニズムの建築家マルセル・ブロイヤーとロバート・F・ギャッチェ。ピレリ・アームストロング・ラバー社の本社だった建物で、「ピレリ・ビル」と呼ばれてきた。州と国の歴史登録財にも載っている。だが、ベッカーによれば「20年以上、放置されていた」。

この建物を買い取ったのが、建築家で開発業者のブルース・ベッカーだ。2022年4月、ヒルトンの「タペストリー・コレクション」のホテル・マルセルとして開業した。客室は165室で、ほかに歴史的なスイートが9室ある。

ベッカーは目標をこう語る。「ホテル業界の持続可能性のモデルをつくることが目標だった。炭素の影響を最小限か、ゼロにする設計が必要だと分かっていたし、新しく建てるより、今ある建物を生かして建て直すほうが効率的だとも分かっていた」。

歴史的建造物の改修には、制約が付く。歴史的建造物の税控除を使うため、計画は国立公園局と州の歴史保存機関の承認を受けなければならなかった。「彼らには、私たちの計画について言いたいことがたくさんあった」とベッカーは振り返る。

まず、使わない建物にする

ホテル・マルセルは、米国で初めてパッシブハウス認証を受けたホテルになった。窓は3重ガラスだ。ベッカーによれば、求められるのは熱が逃げるすき間をつくらないことだという。「床のスラブが外壁とぶつかる場所では、スラブの端も、建物のほかの部分と同じように断熱しなければならない。壁に窓を入れる場所にも、熱のすき間があってはいけない」。

照明は、LANケーブルで電力を送るPoE(パワー・オーバー・イーサネット)方式にした。照明を直流でまとめて動かし、中央で制御できる。「部屋が空いていれば、遠隔で照明を暗くしたり消したりできる。ブラインドも同じで、夏は下ろして熱を入れないようにできる」。

建物には、ガスの配管がそもそもつながっていない。客室から厨房、ランドリーまで、すべてが電気で動く。お湯は、客室も厨房もランドリーも、ヒートポンプ式の給湯機でまかなう。ホテルの送迎車さえ、空港シャトルだった古いバンを電気自動車に改造したものだ。開業した2022年の時点で、建物のエネルギー使用の強さは、米国のホテルの中央値より約80%少なくなる計画だった。

それから、つくってためる

使う量を絞ったうえで、つくる。駐車場の屋根と建物の屋上に1,000枚を超える太陽光パネルを並べ、駐車場側だけで409kWの発電設備になる。そこに1,012kWh・500kWの蓄電池を組み合わせた。

蓄電池は、ためた電気を使う時間をずらし、電力の需要が跳ね上がる時間を抑える。停電のときは館全体を支え、ニューイングランド地方の電力網の安定を助ける地域の蓄電プログラムにも加わる予定だ。全体を制御するのは、エイジト・エナジーのコントローラーである。

エレベーターにも役割がある。KONEのエレベーターは、油圧式の半分のエネルギーで動くように設計され、生まれたエネルギーを建物に返す。機械室も要らないため、9階をまるごとイベントスペースに変えられた。ベッカーは言う。「太陽光パネルを除けば、自分で電気を生み出しているのはエレベーターだけだ。ネットゼロを目指すなら、自ら電気をつくる部品はどれも価値がある」。

光熱費が下がると、建物の価値が上がる

KONEが2025年1月に公開した事例紹介で、ベッカーは「エネルギーの請求額は、一般的なホテルの約4分の1だ」と語っている。ネットゼロの達成は、1年間の運用実績で示す必要がある。KONEは2025年1月の時点で、2025年に米国初のネットゼロホテルになる見込みだと紹介している。

ベッカーの視点がおもしろいのは、光熱費を建物の価値の話につなげるところだ。「毎年25万ドルの光熱費が出ていかず、利回り5%で建物を評価するなら、ホテルの価値は500万ドル上がる」。毎年の支出が減れば、そのぶん収益が増える。収益を利回りで割ったものが建物の価値になるので、光熱費の削減は、売るときの値段にまで効いてくる。

日本の宿に置き換えると

ホテル・マルセルの順番は、足し算の前に引き算だ。まず窓と壁から熱を逃がさない。次に、空室の照明と空調を止められるようにする。そのうえで電化し、最後に発電と蓄電を足す。日本の宿なら、内窓の追加と、空室の照明・空調をフロントからまとめて落とせる仕組みが、引き算の入口になる。

ベッカーの計算を、日本の宿に当てはめてみた(InnBuddyシミュレーション。以下の数字はすべて仮定)。年間の光熱費が800万円の宿が、断熱と制御で2割減らせば、年に160万円が浮く。利回り8%で建物を評価するなら、160万円÷8%で、建物の価値は2,000万円上がる計算になる。省エネは、毎月の請求書だけでなく、宿の資産価値の話でもある。

コンクリートの塊は、発電所になった。ただ、その前に起きていたのは、電気を使わない建物への変身だった。

持ち帰れる知識

  • 光熱費は一般的なホテルの約4分の1(ベッカー、KONEの2025年1月の事例紹介)
  • エネルギー使用の強さは米国ホテルの中央値より約80%少ない計画(2022年時点)
  • 年25万ドルの光熱費がなければ、利回り5%で建物の価値は500万ドル上がる(ベッカー)
  • KONEのエレベーターは油圧式の半分のエネルギーで動く設計で、機械室が不要になり9階がイベントスペースになった

宿で考えられること

  • 内窓の追加など、窓と壁から熱を逃がさない改修を先に検討する
  • 空室の照明と空調を、フロントからまとめて落とせる仕組みをつくる
  • 光熱費の削減額を、毎月のコストだけでなく建物の資産価値でも見積もってみる

事業・予約への接続

光熱費の削減は、毎年の利益を増やすだけでなく、建物の評価額も押し上げる。ホテル・マルセルのように、建物そのものの物語(空きビルの再生、ガスを使わない館)は、泊まる理由として語れる。

Sources / 参考情報

  • KONE U.S.(英文) - ケーススタディ:ホテル・マルセル ホスピタリティを持続可能に(2025年1月31日)
    裏付け: 設計者(ブロイヤー、ギャッチェ)、州と国の歴史登録財、I-95とI-91の交差部、1,000枚超のパネル、光熱費は約4分の1、油圧式の半分のエネルギー、9階のイベントスペース化、エレベーターに関するベッカーの発言、2025年にネットゼロの見込み、目標に関するベッカーの発言
  • Ageto Energy(英文) - ホテル・マルセル(2022年11月3日)
    裏付け: 駐車場の409kWac太陽光、1,012kWh・500kWの蓄電池、需要ピークの抑制、停電時のバックアップ、ニューイングランドの地域蓄電プログラム、ARCコントローラー
  • HB To Go(英文) - ホテル・マルセル、米国初のネットゼロホテルへ(2022年4月)
    裏付け: アームストロング・ラバー本社、165室と歴史的スイート9室、パッシブハウス認証と3重ガラス、断熱に関するベッカーの発言、PoE照明とブラインド制御、ガス配管なし、国立公園局と州機関の承認、ネットゼロは1年の運用で示す
  • Hotel Management(英文) - 全電化で効率を高めるネットゼロホテル(2023年3月13日、三菱電機の広告記事)
    裏付け: ピレリ・ビル、「20年以上放置されていた」というベッカーの発言、ヒートポンプ給湯機が客室・厨房・ランドリーのお湯をまかなう
  • HOTELS Magazine(英文) - サステナブル・デザイン 第1回:ホテル・マルセル(2022年10月7日)
    裏付け: 2022年4月開業、厨房・ランドリー・送迎車まで電化、エネルギー使用の強さは中央値より約80%少ない計画、年25万ドル・利回り5%・500万ドルの発言

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