建物に森を植える:ピッカリングが敷地の2倍の緑を生んだ理由
シンガポールの367室のホテルは、敷地のおよそ2倍にあたる15,000㎡の緑を、高層の建物に積み上げた。緑は飾りではない。日差しを遮り、建物を冷やし、雨水で育つ。都市の真ん中で、ホテルが公園の続きになっている。
たとえば、客室を出て廊下を歩くとき。そこは冷房の効いた閉じた通路ではなく、風が通り、植栽と水の音がある、空の上の小道だ。手すりの向こうには、4階分の高さを持つ空中庭園が広がり、その下に隣の公園の木々が見える。
公園を、上へ伸ばす
PARKROYAL COLLECTION Pickering(パークロイヤル・コレクション・ピッカリング)は、2013年1月に開業した。場所はシンガポールの中心部、金融街とチャイナタウンの間。設計はシンガポールの建築事務所WOHAで、客室は367室ある。
WOHAは、このホテルを、隣にあるホンリム公園の延長として設計した。建物の足元は、棚田や岩山の地形をモチーフにした、うねるような形をしている。公園の緑は、植栽の谷や滝となって建物を上っていく。
15,000㎡の緑の中身
空中庭園、水盤、滝、植栽のテラス、壁面緑化。WOHAによると、これらを合わせて15,000㎡の緑を設計した。敷地の約2倍で、ホンリム公園の広さに相当するという。すべての客室の窓から、緑が見える。
空中庭園は、4階ごとに設けられている。廊下、ロビー、共用のトイレも庭として設計され、飛び石や植栽、水の演出が置かれた。設計者は、こうした空間を、24時間冷房を使い続ける場所ではなく、自然光と風が入る場所にしたと説明している。客室の廊下のおよそ半分は、自然換気だ。高い庇と葉が、雨や直射日光を遮る。
植物は、木陰をつくる木、背の高いヤシ、花、低木、垂れ下がるつる植物まで。人だけでなく、虫や鳥も呼び込み、公園の緑を都市の中に広げることを狙っている。
緑を育てる仕組み
この庭は、できるだけ資源に頼らずに保たれるよう設計された。上の階で集めた雨水が、重力で下の階の植栽を潤す。足りない分は、シンガポールの再生水NEWaterで補う。水の演出にもNEWaterを使う。植栽の中の雨センサーは、一定の雨を感知すると、自動で散水を止める。
屋上には262枚の太陽光パネルがあり、ホテルによると年間最大65,000kWhを発電する。植物の育成ライトと、庭の照明は太陽光でまかなう。ホテルはこれを「シンガポール初のゼロエネルギー空中庭園」と呼んでいる。
建物はシンガポールの環境認証で最高位のGreen Mark Platinumを取得した。ホテルは、照明、雨、人感、一酸化炭素、二酸化炭素のセンサーなどにより、年間最大600万リットルの水を節約しているとする。
駐車場を、緑の中に隠す
うねるような足元の形には、もう一つの理由がある。タクシーが着く車寄せの上、岩のように見える部分の中は、実は3階と4階にある2層の駐車場だ。設計を担当した建築家は、英国の建築専門誌に「地下を掘らずに済んだので費用が浮き、しかも完全に自然換気の空間になった」と語っている。床には、再生プラスチックでできた中空の部品を埋め込み、コンクリートの量を減らす工法も使われた。
同じ専門誌は、厳しい見方も示している。大きな新築の高層ビルである以上、本当に持続可能かは問い続けるべきで、「改修のほうが、より環境にやさしい」と。緑の量だけで、建物の価値は決まらない。それでも、この建物が都市の中に緑と風の通り道を取り戻したことは、確かだ。
客室の中の、小さな約束
開業した2013年、英国の建築専門誌は、客室の設定温度が、フロントに頼まない限り22℃より下げられないことを紹介した。ペットボトルの水はなく、館内で浄水した水をガラス瓶に詰めて使い回す。客室に分別用のごみ箱を置いたのは、シンガポールのホテルで初めてだったという。
いまの屋上には、都市農園もある。野菜、果物、ハーブ、食べられる花など50種類を育て、レストランやバー、スパで使っている。
日本の宿に置き換えると
ピッカリングの考え方は、大きな建物でなくても使える。雨水を上で集め、重力で下の植栽に回す。雨の日は散水を止める。どちらも、ポンプや人の手を減らす仕組みだ。
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)として、屋根の面積が100㎡の宿を考える。年間の降水量を1,500mmとすると、屋根に降る雨は年150m³になる。その半分の75m³をタンクに集めて庭の散水に回せば、水道代が1m³あたり300円の場合、年2万2,500円分の水道水を使わずに済む。金額は小さい。それでも、雨の日に散水を止めるだけで、無駄は確実に減る。
建物に森を植えるとは、緑を飾ることではなく、緑が自分で育つ仕組みを、建物に組み込むことだった。
持ち帰れる知識
- 隣の公園の延長として設計し、すべての客室から緑が見える
- 客室の廊下のおよそ半分が自然換気。庇と葉で日差しを遮る
- 設定温度の下限22℃、浄水を詰めたガラス瓶、客室の分別ごみ箱(2013年時点の報道)
宿で考えられること
- 屋根の雨水を集め、重力で庭や植栽に回せるか調べる
- 散水に雨センサーやタイマーを付け、雨の日は止める
- 廊下やロビーのうち、窓を開けて風を通せる場所を探す
事業・予約への接続
英国の建築専門誌は2013年、このホテルの客室料金が、シンガポールの他のパークロイヤルより100シンガポールドル(62%)高いと報じた。緑と建築そのものが、宿の価値として評価されている。
Sources / 参考情報
- Dezeen(英文) - WOHAによるパークロイヤル・オン・ピッカリング(2013年10月10日)
裏付け: ホンリム公園の延長、15,000㎡(敷地の2倍・公園の広さ相当)、367室、4階分の空中庭園、廊下などの庭の設計と自然光・風、植物の種類と虫や鳥、雨水の重力灌漑とNEWater、太陽光の育成ライト、Green Mark Platinum、2013年1月開業 - WOHA(英文) - パークロイヤル・コレクション・ピッカリング
裏付け: 金融街とチャイナタウンの間、棚田や地形からの着想、全367室から緑が見える、自然換気の廊下・太陽光の灌漑・雨水・日除けとGreen Mark Platinum、2013年1月完成 - The Architects' Journal(英文) - 緑の巨人:WOHAのパークロイヤル(2013年11月15日)
裏付け: 客室料金が他のパークロイヤルより100シンガポールドル・62%高い、廊下の半分が自然換気、4階ごとの庭、設定温度の下限22℃、ガラス瓶の浄水、シンガポール初の客室の分別ごみ箱、3〜4階の駐車場と自然換気、再生プラスチックでコンクリート削減、「改修のほうが環境にやさしい」という論評 - TTG Asia(英文・ホテル提供の広告記事) - パークロイヤル・コレクション・ピッカリング、持続可能なもてなしをさらに前へ(2023年6月1日)
裏付け: 262枚の太陽光パネルと年間最大65,000kWh、シンガポール初のゼロエネルギー空中庭園、年間最大600万リットルの節水と各種センサー、雨センサーで散水停止、屋上の都市農園の50種類