GOAL 10 · TARGET 10.2 人・働き方・包摂 4分 / 2217文字 当事者の視点から #016

車椅子で働いてみる:スカンディックのチェックリストが「112項目と6つの手順」になるまで

北欧最大のホテルチェーン、スカンディックのアクセシビリティ(使いやすさ)の取り組みは、本社に車椅子を借りてくるところから始まった。2003年のことだ。そこで生まれたチェックリストは、93項目から始まり、20年以上かけて形を変えてきた。今は、建物や設備についての112項目と、日々の運営についての6つの手順になっている。

たとえば、朝食のビュッフェ。車椅子に座ったまま、コーヒーカップに手を伸ばしてみる。届かない。洗面所では、鏡に映るのは額から上だけだ。立っているときには、一度も気にしたことのない高さだった。

2時間、車椅子で過ごす

2003年の夏、スカンディックは、マグヌス・ベルグルンドを障がい者対応の担当者として迎えた。彼が最初にしたのは、本社に何台かの車椅子を借りてくることだった。3か月の間に、本社の全員が2時間ずつ、車椅子で過ごした。

車椅子は、障がいの一つの形にすぎない。それでもベルグルンドは、社内で話し合いを始めるには、とてもよい方法だと考えた。実際に座ってみたスタッフからは、「鏡はこんなに高い位置にある必要があるのか」「朝食のビュッフェで、コーヒーカップにどう手を伸ばせばいいのか」といった声が上がった。経営に関わる人から現場のスタッフまで、同じ不便を自分の体で知ったことが、その後の取り組みの土台になった。

93項目から始まったチェックリスト

ベルグルンドたちは、障がいのある客や障がい者団体と一緒に、ホテルのアクセシビリティの基準をつくった。それが93項目のチェックリストだ。そのうち77項目は、すべてのホテルに義務づけた。新しく建てるホテルは、すべての項目を満たす。

項目は具体的だ。ベッドのまわりに80cm以上の空間をとる。ドアの幅は80cm以上にして、車椅子や松葉づえ、歩行器でも通れるようにする。車椅子のままでも使えるよう、洗面台は下に脚が入る高さにする。フックは、いろいろな高さにつける。

客の声から生まれた工夫もある。耳の不自由な母親は、ホテルで火災報知器が鳴ったとき、どうやって起きればいいのか。そんな問いかけから、振動で知らせる目覚まし時計がつくられた。火災報知器が鳴ったときにも動く仕組みだ。

障がいは、体の動きや耳、目のことだけではない。ぜんそくやアレルギーなど、環境に敏感な人のために、じゅうたんを敷かない部屋、アレルギーに配慮した布、揮発するガスの少ない塗料も選んでいる。清掃の洗剤は控えめに使い、香りのないものだけを使う。

当初からの目標の一つは、客室の少なくとも10%を、障がいのある客にも使いやすい部屋にすることだった。2008年には、1年で100室以上を増やしている。

項目は増え、形を変えた

チェックリストは、少しずつ育っていった。2009年には、各ホテルのアクセシビリティを詳しく紹介する資料を、ホテルチェーンとして初めてウェブサイトに載せた。2010年には、基準は110項目になっている。2018年には135項目の基準が全ホテルで使われ、1万6,000人のスタッフが、アクセシビリティについてのオンライン研修を受けていた。

その後、項目は159まで増えた。2025年の改訂では、建物や設備についての112項目と、日々の運営についての6つの手順に整理し直している。国際規格に沿うことを目指し、国ごとの法律のほうが厳しい場合は、その厳しいほうに従うという。

設備と同じくらい重視されたのが、スタッフの接し方だ。すべてのスタッフが研修を受け、どんな客にも過ごしやすくするために自分に何ができるかを学ぶ。朝食の料理を、誰からも見えて手の届く位置に並べる。補聴器に音を届ける設備(ヒアリングループ)の仕組みを知っておく。どれも、特別な技術ではない。

当時の社長、フランク・フィスカースは「大きなホテルチェーンは、足を骨折した人にも、耳の不自由な人にも、車椅子を使う人にも、使いやすくなければならない」と語っている。アクセシビリティを、より多くの客に開かれた宿になるための、事業の力として見ていた。

ベルグルンドは、一番うれしいのは、客から「スカンディックでは、障がいのある客としてではなく、ほかの客と同じように扱われる」と言われることだと語っている。

日本の宿に置き換えると

日本では、2019年9月から、延べ面積2,000㎡以上で50室以上のホテルや旅館を新築・増改築するとき、車椅子を使う人のための客室を、客室総数の1%以上設けることが義務になった。ただし、すでにある建物には、さかのぼって適用されない。

設備を一度に変えるのは難しい。だが、スカンディックの最初の一歩は、設備ではなく「体験」だった。車椅子を1台借りて、スタッフが交代で館内を回る。届かない棚、通れない通路、見えない案内を、その場で書き出す。それが、自分の宿のチェックリストの第1版になる。

InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)として、車椅子で使いやすい客室を持つ宿が、館内の情報を出していなかったために、問い合わせのあとで予約に至らなかった宿泊が月に2泊あったとする。1泊1万5,000円なら、年間で2泊×12か月×1万5,000円=36万円になる。ドアの幅、ベッドの高さ、段差の有無をサイトに載せるだけで、この一部は取り戻せるかもしれない。

車椅子で働いてみた2時間が、20年以上続くチェックリストを生んだ。

持ち帰れる知識

  • 設備より先に、スタッフが不便を体験する
  • 障がいのある客や団体と一緒に基準をつくる
  • 基準は一度で完成させず、定期的に見直して育てていく

宿で考えられること

  • 車椅子を借りて、スタッフが交代で館内を回り、気づいたことを書き出す
  • ドアの幅、ベッドの高さ、段差の有無を測り、サイトに載せる
  • 振動で知らせる目覚まし時計など、貸し出せる道具を考える

事業・予約への接続

スカンディックの公式サイトでは、各ホテルのページで、障がい者用の駐車場までの距離、ドアの幅、ベッドの高さなどを確かめられる。情報を先に出しておくことは、障がいのある客が安心して予約するための、最初の接客になる。

Sources / 参考情報

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