「発電するホテル」:スヴァルトの設計図から学ぶ、建てて壊すまでのエネルギー収支
ノルウェー北部、北極圏のすぐ上にあるスヴァルティセン氷河。その麓のフィヨルドに、円い輪のようなホテルを浮かべる計画がある。名前は「スヴァルト」。設計したノルウェーの建築事務所スノヘッタは、使うエネルギーより多くのエネルギーを生む「パワーハウス」という基準のホテルを目指した。
このホテルは、2026年10月の時点でまだ開業が確認されていないが、設計図から何を学べるかを考えてみる。
名前の「スヴァルト」は、ノルウェー語で「黒」を意味する。古い北欧の言葉では黒と青が同じ語だったことから、氷河の深く青い氷へのオマージュになっている。スノヘッタの共同創業者キェティル・トレーダル・トーセンは、「このような貴重な環境に建てるには、自然の美しさと動植物を守るという明確な責任がともなう」と語り、珍しい植物、澄んだ水、氷河の青い氷を挙げた。
「60年で元を取る」という基準
パワーハウスは、スノヘッタ、不動産会社のエントラ、建設会社のスカンスカ、環境団体のZERO、設計コンサルタントのアスプラン・ヴィアクによる共同の取り組みだ。スノヘッタの説明によると、パワーハウスと呼べるのは、60年のあいだに、毎日の運用に加えて、建材をつくり、建て、最後に壊すまでに必要なエネルギーの合計より多くの再生可能エネルギーを生む建物だ。
ふつうの「省エネ建築」は、運用中の電気や熱だけを数える。パワーハウスは、コンクリートや鉄をつくる工場で使われたエネルギーや、解体の工事まで数に入れる。建物の一生を、一枚の収支表で見る考え方だ。
設計図に描かれた工夫
スヴァルトの形は、太陽から決まった。スノヘッタは、山に囲まれたこの場所で、日射が1年を通してどう当たるかを詳しく調べた。その結果が円い形の前提になり、客室やレストラン、テラスは、1日と季節の太陽を生かせる位置に置かれた。屋根には、水力発電の電気でつくられたノルウェー製の太陽光パネルを張る。夏の白夜が長い土地なので、年間の発電量は大きくなるという。
たとえば、設計どおりに建てば、夏と冬で窓の役割が入れ替わる。太陽が高い夏は、外壁のテラスが日差しをさえぎり、冷房をいらなくする。太陽が低い冬は、大きな窓から光と熱を取り込む。2018年の発表時の報道によると、暖房には地中の井戸とつないだヒートポンプを使う計画だった。こうした工夫で、年間のエネルギー消費を現代のホテルより約85%減らし、そのうえで自ら発電することを目指した。
建物は、フィヨルドの水面下数メートルまで延びる木の柱で支える。魚を干す木の棚と、漁師が季節ごとに使う小屋という、土地の伝統的な建物から生まれた形だ。柱は自然への影響を小さくし、夏は散歩道、冬はボートやカヤックの置き場を兼ねて、車庫や倉庫を減らす。柱の高さがあるので、カヤックで建物の下をくぐることもできる。2018年の報道では、近くの町ボードーからホテルまで、エネルギーの収支がゼロになる船で客を運ぶ構想も紹介された。泊まる人の移動まで、収支表に入れようとしていたことになる。
計画は、何度も先送りされた
2018年の発表では、翌年に工事を始め、2021年に開業するとされた。設計を担ったスノヘッタは、自社のサイトでこの仕事を「設計の提案」とし、2019年に自分たちの作業を終えたと書いている。2022年には、高級ホテルブランドのシックスセンシズが94室のホテルとして運営すると発表し、開業は2024年とした。ただ、当時の米国の旅行サイトは、運営会社は建設や資金に責任を負わず、それを担うのは開発会社だと指摘している。2026年6月の旅行誌の記事では、開業は早くても2026年末か2027年とされた。
建った例から、収支表を読む
パワーハウスの基準で実際に建った建物もある。スノヘッタが設計し、2019年にノルウェーのトロンハイムで完成したオフィスビル「パワーハウス・ブラットーカイア」だ。英国の建築誌によると、見込みは1㎡あたり年に、使うエネルギーが21kWh、建材などに含まれるエネルギーを年に割り振ると22kWh。これに対して発電は49kWhだ。21+22=43より49が大きいので、一生の収支がプラスになる。数字で見ると、「建てるエネルギー」が、使うエネルギーと同じくらい大きいことがわかる。
日本の宿に置き換えると
スヴァルトの設計図が教えるのは、発電の前に、まず減らすという順番だ。
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)として、年に30万kWhの電気を使う宿が、屋根に10kWの太陽光パネルを載せるとする。1kWあたり年1,000kWh発電し、すべて館内で使えたとすると年1万kWhで、使う電気の約3%にあたる。1kWhを30円とすれば年約30万円だ。一方、照明や空調、給湯の見直しで使う電気を1割減らせれば、それだけで年3万kWh、約90万円になる。
スヴァルトの設計図は、建物の一生を一枚の収支表で見る目を残していた。
持ち帰れる知識
- 建物の一生(建材製造・建設・運用・解体)のエネルギーを一枚の収支表で見る
- まず消費を大きく減らし、そのうえで発電する
- 夏の日差しをさえぎり、冬の日差しを取り込む窓と外壁の設計
- 計画段階の「世界初」は、開業までの道のりと分けて見る
宿で考えられること
- 1年分の電気とガスの使用量を、月ごとに表にしてみる
- 改修のときは、建材の量と種類も比べる項目に入れる
- 南向きの窓に、夏だけ日差しをさえぎる庇やすだれを試す
事業・予約への接続
計画は未完成でも、スヴァルトの設計は、エネルギーの収支を建物の形と体験に落とし込む方法を示している。宿の省エネも、窓辺の光や庭の日陰として客に伝えられる。
Sources / 参考情報
- スノヘッタ(英文) - スヴァルト
裏付け: 設計の提案(Design Proposal)、2019年に作業を終了、パワーハウスの基準と定義(60年、運用・建材製造・建設・解体)、5者の共同の取り組み、約85%減、日射の調査と円い形、水力発電でつくられた太陽光パネル、夏の日射遮蔽と冬の取り込み、低い内包エネルギーの建材、木の柱・散歩道・冬のボート置き場・カヤックでくぐれる高さ、名前の由来、トーセン氏の発言 - スノヘッタ旧サイト(英文) - スヴァルト
裏付け: 2017〜2019年、コンセプト設計、プロジェクト終了 - Archinect(英文) - スノヘッタが北極圏初のエネルギーポジティブホテルを発表(2018年2月12日)
裏付け: 魚を干す棚と漁師の小屋に由来する形、地中の井戸とヒートポンプによる暖房、ボードーからのエネルギー収支ゼロの船の構想 - ユーロニュース(英文) - 北極圏に世界初の「エネルギーポジティブ」ホテル(2018年2月13日)
裏付け: 翌年に着工、2021年開業の予定 - Hospitality Net(英文) - シックスセンシズ・スヴァルト
裏付け: 94室、2024年開業の予定 - One Mile at a Time(英文) - シックスセンシズ・スヴァルト(2022年4月26日)
裏付け: 運営会社は建設や資金を担わず、開発会社が担う - W Travel Magazine(英文) - 沈まない太陽と、開かないホテル(2026年6月19日)
裏付け: 開業は2026年末か2027年 - RIBA Journal(英文) - スノヘッタのトロンハイムのオフィスビル(2020年8月18日)
裏付け: パワーハウス・ブラットーカイア、使用21・内包22・発電49(1㎡あたり年、見込み)