水に浮かぶホテルが、仕事の学校になる:ロンドンの「グッド・ホテル」が長期失業者を雇う方法
ロンドン東部、ロイヤル・ヴィクトリア・ドック。テムズ川につながる船だまりに、ホテルが一つ浮かんでいる。「グッド・ホテル・ロンドン」だ。運営会社は自らを「社会的企業」と呼び、配当を出さずに利益を人に回すと説明する。長く仕事に就けなかった地元の人をホテルの仕事に迎え、遠い国の子どもの学びを支える。
たとえば、朝のレストラン。コーヒーを運ぶスタッフの一人は、数か月前まで教室でホテルの仕事の基本を学んでいた研修生かもしれない。隣で動く先輩の中にも、同じ研修を経てきた人がいる。
1足の靴から始まった
始まりは中米のグアテマラだった。ホテルの公式サイトによると、2006年、オランダ人の創業者マールテン・ドレーゼンは、旅先で靴を持たない少女に出会い、運動靴を買った。これをきっかけに、地方の村で学校をつくり運営する財団「ニーニョス・デ・グアテマラ」を仲間と立ち上げた。2009年に最初の小学校、2012年に2校目、2015年に中学校が開き、今は550人を超える子どもが通う。
2012年、ドレーゼンは、学校の運営を支える安定した収入と、卒業生が働ける場を同時につくれないかと考えた。答えがホテルだった。ノーベル平和賞を受けたムハマド・ユヌスの「ソーシャル・ビジネス」の考え方にならい、最初のホテルはグアテマラの古都アンティグアで構想された。
浮かぶ宿泊施設が、海を渡る
ロンドンのホテルの建物は、ちょっと変わった来歴を持つ。もとは、オランダの港で売りに出ていた、使われなくなった水上の宿泊施設だった。
ドレーゼンは、これをホテルに改修し、2016年のリオデジャネイロ五輪に合わせてブラジルへ運ぶ計画を立てた。練習を兼ねて、2015年から2016年にかけてアムステルダムで期間限定のホテルとして営業した。ところが2016年初め、ブラジルが深刻な不況に入り、計画は取りやめになる。新しい行き先はロンドンになった。2016年10月、ホテルは半潜水式の運搬船に載せられて北海を渡り、その年の終わりにロンドンに着いた。岸との接続工事に時間がかかったが、2017年にホテルと研修がそろって動き出した。
アムステルダムでの1年余りは、研修の練習の場にもなった。2016年の英紙の報道では、アムステルダムのスタッフのおよそ3分の1が、長く仕事に就けなかった人だった。2017年の米経済誌の記事によると、アムステルダムで研修を受けた人の70%が、その後、国の生活支援から抜け出したという。
1か月の教室と、3か月の現場
このホテルの中心にあるのが、独自の研修「グッド・トレーニング」だ。ロンドンでは、地元ニューアム区の就労支援の窓口や区役所と組み、2017年から始まった。公式サイトによると、年に約60人の地元の人を、失業から仕事へ送り出してきた。
研修は、まず1か月の教室で、接客の基本、自分を知ること、チームで働くことを学ぶ。次に3か月、現場で実習しながら、一人ひとりがコーチを受ける。修了後は、グッド・ホテルか、提携するホテルでフルタイムで働く道が開かれる。
公式サイトによると、2015年に始めたこの研修全体で、これまでに300人を超える人が学び直した。修了から12か月後に仕事に就いている人の割合は、70%を超えるという。
なぜ寄付ではなく、ホテルなのか。ドレーゼンは2017年の取材で、「私たちは慈善団体ではない。利益を非営利のために使う事業だ。本当に長続きする変化をつくるため、自分の力で回ることを大事にしている」と語った。寄付は集まらなければ止まるが、客が泊まり続ける限り、研修と学校の資金は回り続ける。研修生にとっても、施しを受けるのではなく、本物の職場で給料を得ながら学ぶことになる。
ホテルの利益の行き先も決まっている。グアテマラの外にあるホテルの利益は、すべて「グッド・グローバル財団」に回り、教育や自立を支える活動に使われる。食材や備品も、できるだけ地元の小さな事業者から買う。ロンドンでは、再生ガラスの瓶に入った水を、慈善活動を支えるブランドから仕入れ、英国の農家やロンドンの市場の食材を選んでいる。
日本の宿に置き換えると
グッド・ホテルが示すのは、「経験者がいない」と嘆く前に、育てる仕組みを先につくることだ。日本にも、ハローワークを通じて仕事の経験が少ない人を原則3か月試しに雇う「トライアル雇用」があり、条件を満たせば国から1人あたり原則として月最大4万円が最長3か月支給される。
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)として、30室の宿が、年に2人の研修生を受け入れるとする。先輩が1人あたり週4時間を16週、教える時間に充てると、2人で128時間になる。先輩の時給を2,500円として、教える費用は年32万円だ。一方、人材紹介で1人採るのに80万円かかっていたなら、研修生の1人が定着するだけで、その費用を上回る。
浮かぶホテルは、建物も人も、捨てられかけたところから役割を取り戻せることを示していた。
持ち帰れる知識
- 研修を、採用と育成を兼ねた仕組みとして事業の中心に置く
- 教室と現場を組み合わせ、修了後の働き先まで用意する
- 区役所や就労支援の窓口と組んで、研修生と出会う
- 利益の行き先を決めて公開し、泊まることを社会への参加にする
宿で考えられること
- 新人に教える内容を、教室で学ぶことと現場で学ぶことに分けて書き出す
- 地域のハローワークに、トライアル雇用の仕組みを聞いてみる
- 採用のたびにかかる費用と、定着した人数を記録する
事業・予約への接続
グッド・ホテルは「よく眠り、よいことを」を合言葉にしている。ロンドンの公式サイトでは、一晩よく眠るごとに、恵まれない子どもが1週間学校に通う助けになると説明し、泊まること自体を予約の理由にしている。
Sources / 参考情報
- グッド・ホテル(英文) - 私たちの歩み
裏付け: 2006年の少女と運動靴、ニーニョス・デ・グアテマラ、2009年・2012年の小学校と2015年の中学校、2012年のホテル構想、ユヌスのソーシャル・ビジネス、アンティグア、2013年の研修の試行、アムステルダムの港の宿泊施設、2015〜2016年のアムステルダムでの営業、2016年10月の北海横断、2016年末にロンドン着、2017年に開始 - グッド・ホテル(英文) - 私たちの目的
裏付け: 社会的企業、2015年に研修開始、教室と有給の実習、300人超・12か月後の就業率70%超、550人超の子ども、グッド・グローバル財団、再生ガラスの瓶の水、英国の農家とロンドンの市場 - グッド・ホテル(英文) - 浮かぶグッド・ホテル
裏付け: 使われなくなった水上の宿泊施設、リオ五輪の計画、2016年初めのブラジルの不況で中止 - グッド・ホテル(英文) - ロンドンに着く
裏付け: 2016年10月に半潜水式の運搬船で北海を横断、ニューアム区の就労支援窓口と区役所、2017年から年に約60人・成功率70%超、1か月の教室と3か月の実習、修了後の働き先 - グッド・ホテル(英文) - グッド・グローバル財団
裏付け: 利益の100%、グアテマラの外のホテルの利益は財団へ - グッド・ホテル(英文) - トップページ/ロンドン
裏付け: 配当を出さず利益を再投資、長期失業者の仕事と子どもの教育、ロンドン・アンティグア・グアテマラシティ(アムステルダムは準備中)、ロンドンの所在地、一晩の睡眠で子どもが1週間学校へ - フォーブス(英文) - オランダの元水上刑務所がロンドンのブティックホテルに(2017年6月30日)
裏付け: アムステルダムの研修修了者の70%が国の生活支援から抜け出した、ドレーゼン氏の発言(慈善団体ではなく利益を非営利のために使う事業) - ミラー(英文) - 浮かぶホテルの内部(見出しの一部を訳出)(2016年6月28日)
裏付け: アムステルダムのスタッフの約3分の1が元長期失業者 - 愛知労働局(厚生労働省) - トライアル雇用助成金(一般トライアルコース)
裏付け: 原則3か月の試行雇用、原則として月額最大4万円・最長3か月