役目を終えたタスマニアデビルが暮らす宿:タスマニアのサファイア・フレシネが、絶滅の危機にある動物を守る理由
オーストラリアの南に浮かぶタスマニア島。その東海岸、フレシネ半島に、2010年、高級ロッジ「サファイア・フレシネ」が開いた。ピンク色の花こう岩の山々「ハザーズ」を望む場所だ。
このロッジの敷地には、1ヘクタールの囲いがある。中で暮らしているのは、タスマニアデビル。人の手で繁殖させる取り組みで役目を果たし、引退したデビルたちだ。
たとえば、夕暮れの囲いの前。ガイドの説明を聞きながら、客は黒い小さな体が茂みを横切るのを待つ。野生ではめったに見られない姿を、ここでは静かに見守ることができる。
伝染するがんが、デビルを減らした
タスマニアデビルは、世界で最も大きな肉食の有袋類で、タスマニア島にしかいない。サファイアの公式サイトによると、1941年から保護されてきたが、2008年に絶滅の危機にある種として指定された。
原因の大部分は、1990年代から広がった「デビル顔面腫瘍性疾患」という、命にかかわる伝染性のがんだ。伝染する病気として広がるがんは、知られているだけで三つしかなく、これはその一つにあたる。顔に目立つ腫瘍ができ、感染したデビルがほかのデビルをかむことでうつると考えられている。主に大人のデビルがかかり、病気が進むと食べることも、えさを争うことも難しくなる。多くは感染から3〜5か月で、飢えや臓器の働きの低下で死んでしまう。
繁殖に貢献したデビルの、引退後の家
タスマニア州政府は、デビルを守る計画を進めている。その一つが、人の管理のもとでデビルを育て、種を残すための「保険」となる集団をつくる取り組みだ。
サファイアは、この計画の一部として、1ヘクタールの放し飼いの囲いをつくった。繁殖の取り組みで子孫に遺伝子を残し、役目を終えたデビルたちが、安心して暮らせる場所だ。客は自然に近い環境でデビルを見ることができ、その体験が、種を守る取り組みへの理解と支えにつながる。
サファイアは、メンジーズ医学研究所も支援している。サファイアによると、研究所は2022年にワクチンの開発で大きな成果を上げ、野生のデビルに、口から食べさせる餌の形で届けようとしている。
荒れた土地を、海辺の森に戻す
守っているのはデビルだけではない。サファイアの土地は、もともとキャンプ場とバックパッカー向けの宿で、土地は傷み、土も流れ出していた。ロッジは、その一部に建てられた。敷地には3万本の地元の植物が植えられ、元の姿に近づけてきた。雨水を集めて大切に使い、庭の夜の照明は最小限にとどめている。
タスマニアの猛きん類を救う非営利団体「ラプター・レフュージ」とも組んでいる。タスマニアには13種の猛きん類がいて、そのうち、タスマニアのオナガイヌワシ、シロハラウミワシ、タスマニアのメンフクロウの仲間、ハイイロオオタカの4種が、絶滅のおそれのある種とされる。ガイドはこの団体から地元の鳥について学び、客に伝えている。
建物は、タスマニアの建築家ロバート・モリス・ナンらの「サーカ・モリス・ナン・アーキテクツ」が設計した。うねるような形は、マンタを思わせる。屋根は曲げたタスマニア産の木の梁でつくられ、断熱、二重のガラス、自然の空気の流れを使う仕組みも取り入れた。
客の体験も、土地とのつながりを大切にしている。タスマニアの先住民パラワの芸術家ミック・クイリアムと敷地の林を歩く体験では、食べられる植物や、お茶やせっけん、虫よけに使われてきた植物の知恵を、祖父母から受け継いだ話とともに聞くことができる。敷地の養蜂場では、最大6万匹のミツバチが暮らす巣箱を、園芸家と一緒にのぞき、受粉を担う虫の役割を学ぶ。
レストランの食材は、近くの農場や湾からとり寄せる。サファイアによると、仕入れ先や協力先の多くはタスマニアの会社だ。地元の生産者や漁師を支え、運ぶことによる環境への負担も減らす。
売店では、デビルのぬいぐるみ「サフィー」を売っている。売上は、タスマニアの自然と世界遺産を守る基金に送られる。つくっているのは、知的障害などのある人たちに働く場を提供している、タスマニアの編み物の工場だ。
日本の宿に置き換えると
サファイアのように、地域の生き物を守る活動と、客の体験や買い物を結びつけることは、日本の宿でもできる。
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)として、20室の宿で稼働率を70%とすると、年に5,110室泊。地元の絶滅が心配される生き物をモチーフにした手ぬぐいを1枚2,000円で売り、1枚につき500円を保護団体に寄付するとする。10室泊に1枚売れれば年に511枚で、寄付は25万5,500円になる。生き物の話を添えて渡せば、旅のあとも記憶に残る。スタッフが、その生き物について一言説明できるようにしておくと、なおよい。
開業から15年を迎えた2025年までに、サファイアの客室の予約は8万5,000泊を超えた。泊まる人が増えるほど、デビルを知る人も増えていく。
持ち帰れる知識
- 絶滅のおそれのある生き物を守る計画に、宿が場所を提供できる
- 客が生き物を見る体験は、保全への理解と支えにつながる
- 傷んだ土地に地元の植物を植えると、元の自然に近づけられる
- 買い物の売上を保全や福祉に回すと、一つの商品が複数の支えになる
宿で考えられること
- 地域で守られている生き物と、その保護団体を調べてみる
- 保護団体と組んで、客が学べる体験をつくれないか相談してみる
- 売上の一部を寄付する地元の商品を考えてみる
事業・予約への接続
サファイアによると、デビルの囲いは、客が自然に近い環境でデビルを見る貴重な機会であると同時に、この象徴的な種を守る取り組みに客が加わる機会にもなっている。
Sources / 参考情報
- Saffire Freycinet(英文) - デビルを救う
裏付け: 世界最大の肉食の有袋類でタスマニアにしかいない、1941年からの保護、2008年の指定、1990年代からの減少と伝染性のがん、メンジーズ医学研究所の支援と2022年のワクチン(サファイアの説明)、口から食べさせる餌、州政府の計画の一部としての1ヘクタールの放し飼いの囲い、繁殖で遺伝子を残し引退したデビル、保険となる集団、客が見る機会と取り組みへの貢献 - Saffire Freycinet(英文) - サステナビリティ
裏付け: 伝染する三つのがんの一つ、顔の腫瘍、かむことでうつる、主に大人、3〜5か月で死ぬ、ラプター・レフュージ(13種のうち4種、その種名)、キャンプ場とバックパッカーの宿の跡、3万本の地元の植物、雨水、夜の照明を最小限に、断熱・二重のガラス・自然の空気の流れ、ロバート・モリス・ナンとサーカ、曲げたタスマニア産の木の梁の屋根、ぬいぐるみの売上を自然と世界遺産の基金へ、障害のある人が働く編み物の工場 - Saffire Freycinet(英文) - 私たちの物語
裏付け: 2010年の開業、2025年に15年、8万5,000泊超、仕入れ先や協力先の多くがタスマニアの会社、近くの農場や湾の食材、サーカ・モリス・ナン・アーキテクツ、マンタを思わせる形、ハザーズのピンク色の花こう岩 - Saffire Freycinet(英文) - カントリーとのつながり
裏付け: パラワの芸術家ミック・クイリアムと林を歩く、食べられる植物・お茶・せっけん・虫よけ、祖父母から受け継いだ知恵、養蜂場の最大6万匹のミツバチ - Saffire Freycinet(英文) - 自然と生き物
裏付け: 囲いの中のデビルを見る、野生ではめったに見られない