地元から100万円仕入れたら、いくら地域に残りますか?
同じ100万円を払っても、誰に払うかで、地域に残るお金は変わる。英国の研究機関が考えた「三巡目まで追う」物差しと、クアラルンプールのバーが続ける蜂の巣の「里親」から、仕入れのお金の行き先を考える。
月末の夜、事務所で請求書の束をめくる。米、野菜、洗剤、そして蜂蜜。支払い先の欄には、県外の卸の名前が並ぶ。仕入れ担当のBさんは、蜂蜜の請求書で手を止めた。毎朝の食卓に出しているのに、どこの花の蜜なのか、巣箱がどこにあるのかを知らない。払ったお金がその先どこへ行くのかも、考えたことがなかった。
お金は、三巡目まで追う
英国のシンクタンク、ニュー・エコノミクス・ファウンデーション(NEF)は2002年、地域に残るお金を測る手引き『The Money Trail』を出した。物差しの名前は「LM3」だ。組織に入ったお金を1巡目、そのうち組織が地域で使ったお金を2巡目、それを受け取った地元の人や店がさらに地域で使ったお金を3巡目として足し、最初の金額で割る。手引きの計算例では、1〜3巡目の合計が22万ポンド、4〜20巡目は合わせて4万ポンドで、LM3はお金の動きの85%をとらえるとしている。
手引きは、スコットランドのテイサイド地方で、ホテルと、朝食付きの小さな宿(B&B)を比べた例を紹介している。ホテルの客はB&Bの客より70%多くお金を使っていた。だが、B&Bは売り上げの80%を地域の仕入れや人に使い、ホテルは20%だった。従業員や仕入れ先が収入の半分を地域で使うと置いて6巡目まで足すと、B&Bは10万ポンドの収入から25万5,000ポンド、ホテルは17万ポンドから23万5,875ポンドになった。入ってくるお金が多くても、すぐ外へ出れば、地域に回るお金は伸びない。
「地元」という看板だけでは分からないこともある。手引きによると、英国ノース・ノーフォークの自治体では、地元の工事業者のLM3が2.15、地域外の業者は1.23だった。ところが別の自治体では、地元とされた業者が実は全国企業の地方本部で、地域外の業者のほうがわずかに高かった。NEFは、LM3はあくまで目安を示す指標だと断っている。
蜂の巣の「里親」になる
お金の行き先が見える仕入れを、客にも開いた宿がある。2018年7月に開業した、209室のフォーシーズンズ・ホテル・クアラルンプールだ。館内の「バー・トリゴナ」は、マレーシアに暮らす針のない蜂、トリゴナにちなんで名付けられた。
マレーシアの雑誌『オプションズ』の2022年の記事によると、バーは2018年、本物の蜂蜜を探して、ネグリ・スンビラン州クアラ・ピラの養蜂家アズリル・ディノ・アブド・マリクさんの農園に声をかけた。2019年には「蜂を守ろう」という取り組みを始めた。客は年500リンギットで、ディノさんの農園の巣箱の里親になれる。タイムアウトの2019年の記事によると、里親は自分の巣で採れた蜂蜜6瓶とプロポリス、名前入りの証明書、3か月ごとの便りを受け取り、希望すれば農園を訪ねる旅にも参加できる。ホテルの公式資料によると、集まったお金は、蜂のすみかを守り、自然な養蜂のやり方を広め、若い農家を育てることに使われる。
当時のヘッドバーテンダー、アシシュ・シャルマ氏は、地元の蜂蜜を買うことは健康な巣と豊かな生きものを支える良い方法だと語り、メニュー全体の多くの食材をマレーシアの小さな農家から仕入れているとした。2020年4月のホテルの発表によると、バーは「アジアのベストバー50」の持続可能なバー賞を2年続けて受け、4軒の地元農家と組んで、見た目にかかわらず果物を使い切るメニューも準備していた。
味は、近くの木で変わる
『オプションズ』によると、ディノさんはIBMで13年働いたあと、養蜂に転じた。始めた頃は、蜂の群れを手に入れるために、巣のある木を300本切り倒したという。のちに木を切らずに済む巣箱を考え、記事の取材先の農園には、5エーカーの土地に約100の巣箱が並んでいた。
この蜂蜜は、酸味のあとに甘さが来る。巣箱の近くにスターフルーツやランブータンの木があると、その風味が強く出る。木の実りには季節があるので、蜂蜜の味も季節で変わる。大量生産の品のように味をそろえることはできない。だが、その違いこそが、どこで、誰が採ったかを伝える情報になる。
宿の仕入れに置き換えると
日本では、食べ物の多くを外から運んでいる。農林水産省によると、令和7年度の食料自給率は、カロリーで見ると37%、生産額で見ると66%だった。宿の仕入れも、気づけば遠くから来ていることが多い。
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)。宿が年に100万円の食材を仕入れるとする。地元の生産者から直接買えば、生産者が受け取る100万円のうち8割の80万円を地域で使い、それを受け取った人がさらに半分の40万円を地域で使うと置くと、地域で動くお金は合計220万円になる。地域外の卸から買い、そのうち地域の配送などに回るのが2割の20万円、その半分の10万円がさらに地域で使われると置けば、地域で動くお金は30万円だ。割合は仮定で、実際は相手によって大きく違う。だからこそ、まずは主な仕入れ先に「どこで作り、誰が働いているか」を聞くところから始めたい。
請求書の束は、来月も届く。その一枚ずつが、地域のどこへお金を流すかを決めている。Bさんは蜂蜜の請求書に付箋を貼った。「作り手に会いに行く」。
持ち帰れる知識
- 地域に残るお金は、払った先がどこで使うかまで追うと見えてくる
- 「地元」という看板だけでは、お金の行き先は分からない
- 産地の違いによる味のばらつきは、作り手を伝える情報になる
- 客が作り手を支える仕組みは、仕入れを物語に変える
宿で考えられること
- 主な仕入れ先に、どこで作り、誰が働いているかを聞いてみる
- 食材の作り手を、客に紹介できる形を考えてみる
- 季節で味が変わる食材を、そのまま楽しむ出し方を考えてみる
事業・予約への接続
作り手の顔が見える食材は、宿の朝食や料理に「ここでしか味わえない理由」を与える。客が作り手を支える仕組みに参加できれば、滞在の思い出は帰ったあとも続き、再訪のきっかけにもなる。
Sources / 参考情報
- New Economics Foundation(英文) - 『The Money Trail』地域経済への影響をLM3で測る(2002年)
裏付け: LM3は3巡目まで追う地域の乗数、1〜3巡目の合計22万ポンドと4〜20巡目の4万ポンドで85%をとらえる、テイサイドのホテルとB&Bの比較(ホテルの客は70%多く使う、B&Bは80%・ホテルは20%を地域で使う、収入の50%を地域で使うと置いた例、6巡目までの合計25万5,000ポンドと23万5,875ポンド)、B&Bの10万・8万・4万ポンドでLM3は2.20、ノース・ノーフォークの自治体の地元業者2.15と地域外1.23、ノーズリーの自治体で地元とされた業者が全国企業の地方本部だった例(1.11と1.17)、LM3は指標 - Four Seasons Hotels and Resorts(英文) - フォーシーズンズ・ホテル・クアラルンプール(報道向け資料)
裏付け: 2018年7月開業、209室、バー・トリゴナの名はマレーシア在来の針のない蜂から、ネグリ・スンビラン州のディノ・ケルルット有機農園の巣箱の里親、集まったお金で蜂のすみか・自然な養蜂・若い農家の育成を支える - Time Out Kuala Lumpur(英文) - フォーシーズンズKLで蜂を守ろう(2019年8月)
裏付け: 年500リンギットで巣箱の里親、蜂蜜6瓶とプロポリス、名前入りの証明書、3か月ごとの便り、農園を訪ねる旅、アシシュ・シャルマ氏の発言(地元の蜂蜜を買うことの意味、メニューの多くの食材がマレーシアの小さな農家から) - Options, The Edge Malaysia(英文) - 元IBMの技術者が育てたディノ・ケルルット有機養蜂園(2022年11月)
裏付け: アズリル・ディノ・アブド・マリクさん、IBMで13年、農園はクアラ・ピラ、始めた頃に300本の木を切った、木を切らずに済む巣箱、2018年にホテルから声がかかる、2019年に「蜂を守ろう」を開始し年500リンギット、取材先の農園は5エーカーに約100の巣箱、酸味のあとに甘さ、スターフルーツやランブータンの近くでは風味が変わり季節で味が変わる - Travel PR News(英文) - バー・トリゴナが2年続けて持続可能なバー賞を受賞(フォーシーズンズの発表、2020年4月)
裏付け: 「アジアのベストバー50」2020年で持続可能なバー賞を2年連続、小さな農家から直接仕入れ、4軒の地元農家と組み見た目にかかわらず果物を使うメニュー、巣箱の里親 - 農林水産省 - 日本の食料自給率
裏付け: 令和7年度の食料自給率はカロリーベース37%、生産額ベース66%