若者が出ていく山の村に、仕事をつくる:コスタリカの「サンタ・フアナ・ロッジ」が、村の人と旅を育てた方法
コスタリカの太平洋側、港町ケポスから山へ1時間ほど入ったところに、サンタ・フアナという小さな村がある。公式サイトによると、ここはタラマンカ山脈へ続く山の森「フィラ・チョンタ」の一部で、いくつもの川が生まれる場所だ。この村にある宿が、サンタ・フアナ・ロッジである。
公式サイトによると、宿にはデラックスのカシータ4棟、2寝室の家、シャレー1棟、標準の部屋がある。食事は、村のスタッフが切り盛りする食堂「アキ・ノ・マス」で、昔ながらの農家の料理を出す。マヌエル・アントニオ国立公園までは約60分だ。この宿は、村の暮らしそのものを旅の中心に置いている。
村から、若い人が出ていく
始まりは、宿ではなく日帰りの旅だった。2015年1月時点の公式サイトの記録によると、運営するグリーンティーク・ホテルズの創業者ジム・ダマラス氏は、1993年にマヌエル・アントニオで6室の宿「シ・コモ・ノ」を開いた人だ。サンタ・フアナは、もともと彼が週末を過ごす小さな家と畑のある場所だった。
当時の記録は、村が抱えていた問題を率直に書いている。若い世代が、医療などの保障のある仕事を求めて村の外へ出ていき、家族の畑や暮らしの伝統が手放されつつあった。寄付を集めるサイト「グローバルギビング」に地元の財団が出した計画書も、仕事が少なく、自給の農業が中心の村では、若者が町へ移り、家族がばらばらになると訴えている。計画書が挙げた村に必要なものは四つだった。仕事を増やすこと、村の水道を直すこと、診療室を最低限の衛生を満たすよう整えること、小学校にコンピューター室をつくることだ。教育や医療を村の中で受けられれば、子どもが家族と離れずに済む。それが狙いだった。
村の人が案内し、料理する旅
そこで生まれたのが、村を歩く日帰りの旅だった。2015年の記録によると、森の中に3キロの歩きやすい道を整え、川の滝まで下りられるようにした。牛が回して砂糖きびを搾る昔の圧搾機「トラピチェ」を再現し、ティラピアの釣り池や馬小屋もつくった。案内するのは、資格をとった自然ガイドや、馬の世話をする村の人だ。朝食と昼食は村の女性たちがつくった。
受け入れの前には、環境を所管する国の省(MINAE)の社会学者や、国立生物多様性研究所(INBio)と組んで、村の人の意識や自信を高める勉強会を何度も開いた。旅を村の外の人が持ち込むのではなく、村の人が自分たちのものとして担えるようにするためだ。
ダマラス氏は同じ時期の公式サイトで、旅を始めて4年がたち、仕事をつくるという小さな思いつきが村のいちばんの収入源になったと書いている。旅の売り上げは、何千本もの在来の木の植樹と世話にも使われた。
渡すのではなく、一緒に稼ぐ
2015年1月の記録によると、保護した森や牧草地、二つの川の源を含む土地は、合わせて1,000エーカーになった。村には新しい水道が引かれ、使った量を測るメーターも付いた。国の電力・通信公社と組んで電気と衛星インターネットが届き、学校でコンピューターが使えるようになった。村の人は43人で、それまで60年間、簡単な水道しかなかったという。5つの家族から、旅や農業、自然を守る仕事に就く人が出ていた。
支援の渡し方にも工夫があった。シ・コモ・ノの客は、1泊1ドルを任意で寄付できた。ただし、そのお金を村にそのまま渡すことはしない。学校や教会、水道、道の修理などは、村の人が自分で動いた分に応じて支援する形にした。記録には、村の人の自尊心を損なわないためだと書かれている。
今の宿は、在来の生きものを守ること、地元の雇用をつくること、農村の小さな事業を支えることなどを目標に掲げる。宿や食堂で働く人も、地域の持続可能性や教育の取り組みに、自分の時間や材料を出している。公式サイトによると、旅と宿の利益は、シ・コモ・ノを通じてケポスの地域の取り組みに使われるとしている。客が木を植えて名前入りの証明書を受け取る「コスタリカに足跡を残そう」という取り組みもある。今の宿の案内によると、村の山を歩く最初からの旅は約6時間で、滝で泳ぎ、農家風の昼食で締めくくる。鳥を見る旅では、一度に40〜50種ほどを数えられるという。家族で営む農園を訪ね、カカオやコーヒー、コショウ、バニラなどの育て方を学ぶ体験も並ぶ。
宿の体験に置き換えると
日本の山あいの宿にも、若い人が出ていく集落は多い。サンタ・フアナから学べるのは、村の暮らしを「見せる」のではなく、村の人が案内し、料理し、収入を得る形にしたことだ。
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)。宿が集落の人と半日の体験をつくり、1人1万円で月に40人が参加するとする。年間では480人、売り上げは480万円だ。そのうち案内役への謝礼や昼食づくり、訪ねる農家への支払いなど、集落の人に渡る分を6割とすると、年に288万円が集落に入る。最初は月に数人でもよい。誰が案内し、誰が料理をつくるかを、集落の人と一緒に決めるところから始めたい。
持ち帰れる知識
- 若者が出ていく村では、村の中に仕事をつくることが大切になる
- 体験の担い手を村の人にすると、売り上げが村に残る
- 支援の渡し方しだいで、村の人の自信を育てることもできる
- 昔の道具や料理も、旅の大切な中身になる
宿で考えられること
- 近くの集落の人と、一緒につくれる体験がないか話してみる
- 体験の売り上げのうち、集落の人に渡る分を決めてみる
- 昔の道具や家庭の料理を、客に紹介できないか考えてみる
事業・予約への接続
サンタ・フアナ・ロッジは、山の村の暮らしにふれる滞在を、宿の魅力として伝えている。案内人や料理人が村の人だからこそ、ほかでは味わえない旅になる。その体験が、浜辺の旅とは違う理由でこの宿を選ぶ客を呼び込んでいる。
Sources / 参考情報
- Santa Juana Lodge(英文) - サンタ・フアナ・ロッジ(公式サイト)
裏付け: 村のスタッフが営む食堂「アキ・ノ・マス」で農家の料理、マヌエル・アントニオ国立公園まで約60分、フィラ・チョンタの山の森とタラマンカ山脈の回廊、川が生まれる、デラックスのカシータ4棟・2寝室の家・シャレー1棟・標準の部屋、空港から約2.5時間 - Santa Juana Lodge(英文) - 地域とのかかわり
裏付け: 在来の生きものを守る・地元の雇用・農村の小さな事業を支える、従業員が時間や材料を地域の取り組みに出す、旅と宿の利益はシ・コモ・ノを通じてケポスの取り組みへ、木の里親の証明書、コルコバード財団が見守るサンタ・フアナの地域の取り組み - Santa Juana Lodge(英文) - 私たちの使命 / 植樹
裏付け: グリーンティーク・ホテルズの創業者ジム・ダマラス氏、地元で雇う約束、「コスタリカに足跡を残そう」の証明書 - Santa Juana Lodge(英文) - 経営陣の紹介(2015年1月時点、Wayback Machineの記録)
裏付け: 1993年にシ・コモ・ノを6室で開業、若い世代が村を出ていく問題、環境を所管する省の社会学者と生物多様性研究所との勉強会、3キロの道・トラピチェ・ティラピアの池・馬小屋、1,000エーカーの土地と二つの川の源、メーター付きの水道、電気と衛星インターネット、村の43人と60年ぶりの電気、5家族が働く、1泊1ドルの任意の寄付、村の人が動いた分に応じた支援と自尊心 - Santa Juana Lodge(英文) - 農村の旅が変えたこと(2015年1月時点、Wayback Machineの記録)
裏付け: 週末の小さな家と畑から始まった、村の女性たちの朝食と昼食、村の案内人、4年で村のいちばんの収入源に、何千本もの在来の木 - GlobalGiving(英文) - サンタ・フアナの地域主体の農村観光(コルコバード財団)
裏付け: 仕事が少なく自給の農業が中心、若者が町へ移り家族がばらばらに、仕事・水道・診療室・学校のコンピューター室が必要 - Santa Juana Lodge(英文) - 体験と旅の案内(PDF)
裏付け: 約6時間の山の旅・滝で泳ぐ・農家の昼食、鳥を見る旅で40〜50種、家族の農園「エル・ロシオ」でカカオ・コーヒー・コショウ・バニラなど