銀行が貸さなかった、ゼロエネルギーの増築:ウィーンの「ブティックホテル・シュタットハレ」は、いくらかけ、何が返ってきたのか
オーストリアの首都ウィーン。西駅の近くのハッケンガッセ通りに、ブティックホテル・シュタットハレがある。1年を通して、使うエネルギーと同じだけのエネルギーを自分でつくる、「ゼロエネルギーバランス」の街のホテルとして知られる。
客室にミニバーを置かないことや、ラベンダーの屋根で有名になったこの宿。ここでは、その裏側にあった、お金と数字の話を追う。省エネの建物は、いくらかかり、どう資金を集め、何が返ってきたのか。
両親の宿を引き継いで
オーストラリアの新聞シドニー・モーニング・ヘラルドの2015年の記事によると、この宿は1980年代の半ばから、ミヒャエラ・ライテラーさんの両親が営んでいた。EUの事業でつくられた観光の事例サイト「グリーンツーリズム」によると、ライテラーさんは旅行会社を営んだあと、2000年代のはじめに両親から宿を買い取った。両親もすでに環境に関心を持ち、宿はオーストリアの環境ラベルを受けていた。
ライテラーさんは引き継いですぐ、太陽エネルギーの設備を入れた。同じサイトによると、すぐにお金の節約にならなくても、自然の資源を大切にする方法を選ぶことが、本人にとって大事だったという。
前例のない計画
グリーンツーリズムによると、2007年、ライテラーさんは、宿を広げる形でゼロエネルギーの建物をつくる計画を始めた。同時に、元の建物も改装して、宿全体の雰囲気をそろえる。当時、観光の世界では環境への配慮はまだ広まっておらず、相談できる専門家はほとんどいなかった。シドニー・モーニング・ヘラルドの記事では、ホテルの支配人が、「そんな建物はまだないからできない」と言われたことが、かえって挑戦する気持ちに火をつけたと話している。
ヨーロッパの空調の専門家団体REHVA(レーバ)の専門誌によると、新しい建物は2010年のはじめに完成した。断熱や換気を徹底してエネルギーの使用をおさえる「パッシブハウス」の考え方でつくられた、38室の建物だ。元の建物の41室と合わせて、宿は79室になった。
500万ユーロと、リースバック
REHVAの専門誌は2014年、ヨーロッパでエネルギーをほとんど使わないホテルを広めるEUの事業「neZEH」の一環で、宿への聞き取りをまとめた。
それによると、2008年から2010年の工事の費用は、合わせて500万ユーロを超えた。元の建物の省エネの改修に100万ユーロ以上、パッシブハウスの増築に約420万ユーロ。ただし、この額は省エネのためだけではなく、内装など、客の快適さを高めるための費用も含んでいる。
資金集めは、簡単ではなかった。2008年の金融危機のため、増築にはオーストリアの銀行から融資が得られなかった。家具の分だけは、オーストリアの観光の専門の銀行が資金を出した。工事の資金は、「リースバック」の仕組みでまかなった。ホテルを経営者が後で買い戻すことを前提にした仕組みだ。
新しい建物の仕組み
REHVAの専門誌によると、2つの建物の仕組みは大きく違う。元の建物は、主に地域の熱の供給を使って暖め、冷房も機械の換気もない。
新しい建物では、自前の井戸からくんだ地下水を使うヒートポンプで、床や天井のコンクリートの中に水を通し、部屋を暖めたり冷やしたりする。ヒートポンプを動かすのは、93平方メートル、13キロワットの太陽光パネルだ。130平方メートルの太陽の熱のパネルは、宿全体のお湯をわかし、換気で取り入れる外の空気を前もって暖める。換気の設備は、出ていく空気の熱の90%以上を取り戻す。冷房の機械は置いていない。
グリーンツーリズムによると、熱を取り出したあとの冷たい井戸水は、トイレを流す水に使う。新しい建物で余ったエネルギーは、元の建物のお湯をわかすのに回す。
数字で比べる、2つの建物
グリーンツーリズムに載った宿の数字は、2つの建物の差をはっきり示す。
1年の電気は、元の建物が11万キロワット時、パッシブハウスが6万2,000キロワット時。暖房に使うエネルギーは、元の建物が1年に26万キロワット時、パッシブハウスはゼロだ。客1人あたりの水は、元の建物が76リットル、パッシブハウスは洗濯の分を含めても65リットル。洗濯場はパッシブハウスの中にあるのに、水が少ないのは、トイレに井戸水を使っているからだという。
REHVAの専門誌の計算では、暖房、冷房、お湯、照明などに使うエネルギーを、発電所での損失まで含めた「一次エネルギー」に直すと、宿全体では1平方メートルあたり年に318キロワット時、パッシブハウスだけでは108キロワット時だった。
返ってきたもの
ライテラーさんは、投資がいつ回収できるかを判断の物差しにしていなかった。それでもREHVAの専門誌によると、投資は思っていたより早く返ってきたと本人は話している。メディアに取り上げられる機会が増え、新しい客層が生まれ、高い宿泊料金と高い稼働率を保てた。2012年の平均の稼働率は82%だった。
グリーンツーリズムによると、2012年の客の数と売り上げは、当初の見込みより20%ほど多かった。客室が倍になり、働く人は18人から32人に増えた。
見せて、確かめてもらう
宿は、仕組みを客に見せることも大切にした。REHVAの専門誌によると、客室の中には、省エネの工夫を説明する「グリーンポイント」を、それぞれの工夫の近くに置いた。パッシブハウスの室内の快適さを確かめたい人には、「試し泊まり」も用意した。働く人の研修も開いた。
ウィーン市のスマートシティの紹介によると、宿はウィーンで最初にEUのエコラベルを受け、2009年にはウィーン市の環境賞を受けた。グリーンツーリズムによると、2014年の初めには、ウィーン応用美術大学と組み、7つの客室を使い終えたものを生かした内装に改装した。薪はコーヒーテーブルに、本はナイトテーブルに、新聞は足のせ台になった。
たとえば、冬の朝の客室。窓の近くの小さな説明の札を読んだ客が、天井に手をかざして、ほんのり伝わる温かさを確かめている。
日本の宿に置き換えると
シュタットハレの歩みからわかるのは、省エネは一度に終わらず、段階を重ねて進むことだ。引き継いですぐの太陽エネルギーの設備、元の建物の改修、新しい建物。古い建物と新しい建物でメーターを分け、数字で比べたことが、成果を説明する力になった。日本の宿でも、建物ごと、設備ごとにメーターを分けて記録すると、次の投資の判断がしやすくなる。
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)。20室の宿で、1年の電気の使用量を6万キロワット時とする。断熱の改修と換気の熱の回収で2割減らせると、1年に1万2,000キロワット時。電気代を1キロワット時あたり30円とすると、1年に36万円の節約になる。改修に300万円かかるなら、節約だけで回収するには8年あまりかかる。シュタットハレのように、客に選ばれる理由が増えれば、回収はもっと早まる可能性がある。
持ち帰れる知識
- 省エネの投資は、エネルギーの節約だけでなく、客層や評判にも返ってくる
- 古い建物と新しい建物でメーターを分けると、効果を数字で説明できる
- 資金の集め方は、銀行の融資だけではない
- 工夫を客室で説明すると、客が仕組みを理解しやすくなる
宿で考えられること
- 建物ごと、設備ごとに、エネルギーと水の使用量を分けて記録してみる
- 改修の費用と、1年の節約の見込みを、表にしてみる
- 省エネの工夫を説明する小さな札を、客室に置いてみる
事業・予約への接続
シュタットハレは、ゼロエネルギーの建物を、取材や口コミで知られる宿の個性に変えた。鉄道や自転車で来た客に宿泊の料金を10%引く工夫も、環境に配慮する客に選ばれる理由になった。
Sources / 参考情報
- REHVA Journal(英文) - エネルギーをほとんど使わないホテルの実例(2014年3月号)
裏付け: neZEHの事例として聞き取り、ハッケンガッセ20、79室(元の建物41室とパッシブハウス38室)、2009年に工事が始まり2010年のはじめに完成、総費用約520万ユーロ、2008年から2010年の工事費は500万ユーロ超(元の建物の改修に100万ユーロ以上、パッシブハウスに約420万ユーロ)、内装など快適さの費用を含む、2008年の金融危機でオーストリアの銀行の融資なし・家具はオーストリアの観光の銀行、リースバックで後に経営者が買い戻す、元の建物は地域の熱の供給で冷房と機械の換気なし、井戸の地下水のヒートポンプとコンクリートの中の配管、13キロワット・93平方メートルの太陽光、130平方メートルの太陽の熱で宿全体のお湯と外気の予熱、熱の回収90%超、一次エネルギーは宿全体で318・パッシブハウスで108キロワット時(1平方メートルあたり年)、投資の回収は判断の物差しではなかったが予想より早く回収、稼働率82%(2012年)、グリーンポイント、試し泊まり、働く人の研修、2007年にEUエコラベル、鉄道か自転車の客に10%引き - greentourism.eu(英文) - ブティックホテル・シュタットハレ
裏付け: 元の建物41室・パッシブハウス38室、旅行会社を営んだあと2002年に両親から買い取る、両親の代にオーストリアの環境ラベル、引き継いですぐ太陽エネルギーの設備、すぐの節約にならなくても自然の資源を大切にする、2007年に計画を始める、専門家がほとんどいない、元の建物も改装、熱を取り出したあとの冷たい井戸水でトイレを流す、余ったエネルギーを元の建物のお湯に回す、2012年の客数と売り上げは見込みより約20%多い、客室が倍・働く人は18人から32人、電気は元の建物11万・パッシブハウス6万2,000キロワット時(年)、暖房は26万キロワット時とゼロ、水は客1人76リットルと洗濯込み65リットル、2014年の1月と2月に応用美術大学と7室をアップサイクルで改装(薪・本・新聞) - The Sydney Morning Herald(英文) - ウィーンで緑に:ブティックホテル・シュタットハレ(2015年11月)
裏付け: 1980年代の半ばから両親の宿、2001年に買い取る、庭の建物とパッシブハウスを加える、「そんな建物はないからできない」と言われて挑戦、余ったエネルギーを元の建物に回す、地元の大学と7室をアップサイクル - Smart City Wien(英文) - ゼロエネルギーバランスの街のホテル(2014年1月)
裏付け: 最初のゼロエネルギーバランスの街のホテル、パッシブハウスの38室、130平方メートルの太陽の熱と93平方メートルの太陽光と水のヒートポンプ、ウィーンで最初のEUエコラベル、2009年にウィーン市の環境賞、自転車や鉄道の客に10%のグリーン・ボーナス