干ばつの年に、保全地の草が牛を支えた:ケニアのマサイの人々の「イル・ングウェシ」が、宿と放牧を両立させる仕組み
ケニアの中部、ケニア山の北に広がるライキピアに、イル・ングウェシという土地がある。マサイの牧畜民が共同で持つ土地で、「グループ・ランチ」と呼ばれる。ここに1996年、地域の人々のロッジ「イル・ングウェシ」が開業した。
ロッジの公式サイトは、地域が持ち、地域が運営する、ただ一つの高級ロッジだとしている。この記事では、宿の話の前に、土地をどう分け、どう決め、干ばつの年にどう使ったかを見ていく。
たとえば、雨が来ない季節の朝。牛を連れた牧畜の人たちが、ふだんは入らない保全地の草地へ向かう。保全地は、野生の動物のためだけの場所ではない。
野生の動物が消えた土地から
国連開発計画(UNDP)が2012年にまとめた事例集によると、この地域では1970年代に商業的な狩猟が終わったあと、密猟が広がった。1980年代の終わりには、ゾウが大きく減り、サイは姿を消していた。森も、木材や薪、畑のために切られていった。
南隣には、民間の保護区レワがある。事例集によると、レワの管理チームは、ケニア野生生物公社の支えを受けて、イル・ングウェシに保全地をつくり、エコツーリズムで収入を得ることを勧めた。長老や地域のリーダーと話し合い、地元の人をレンジャーに育て、初めの疑いを乗り越えた。
ロッジの公式サイトによると、長老たちは放牧地のうち8,675ヘクタールを保全に充てることに同意した。1996年、米国国際開発庁(USAID)の資金を、ケニア野生生物公社を通じて受け、ロッジを建てた。80人が10か月かけて建て、そのうち10人が選ばれて、ロッジの運営と客のもてなしを学んだ。
保全に回した割合は、資料によって違う
どれだけの土地を保全に回したかは、資料によって書き方が違う。UNDPの事例集は、グループ・ランチを8,645ヘクタールとし、その約80%を保全しているとする。2020年に国際貿易センター(ITC)が載せた、ロッジの理事会の一員の寄稿も、放牧地の80%を保全に充てたと書いている。
一方、公式サイトは土地全体を16,500ヘクタールとし、そのうち8,675ヘクタールを保全に充てたとしている。これだと約半分になる。2022年のイェール大学の環境誌の記事も、約4万エーカーの土地の半分を保全に充てたと書いている。土地全体の広さの数え方が、資料によって違っている。
保全地は、干ばつのための草の蓄え
事例集によると、保全地は、小さな中心の区域(500ヘクタール)と、大きな緩衝の区域(6,000ヘクタール)に分かれている。緩衝の区域では、乾いた時期に限って、家畜に草を食べさせることができる。
これが役に立ったのが、2008〜2009年の干ばつだ。緩衝の区域は、家畜の群れにおよそ3か月分の草を与えた。事例集は、イル・ングウェシの家畜の損失を約60%と見積もり、ケニアのほかの地域では最大90%に達したと比べている。事例集は、保全地の草を蓄えとして使うこの方法を、気候の変化に地域で備える工夫として紹介している。
ただし、草の蓄えは、争いの種にもなる。イェール大学の環境誌の記事は、干ばつのときに、外から来る別の牧畜民に放牧を断ったことが、緊張のもとになったというレンジャーの声を伝えている。
みんなで決める仕組み
事例集によると、土地の使い方は、何段階かの話し合いで決まる。7つの集落から2人ずつ、14人の代表が集まる委員会が、年に3回開かれ、提案を話し合う。合意した提案は、マサイの人々だけで構成するグループ・ランチの委員会にかけられる。
グループ・ランチの理事会は、選挙で選ばれた地域の6人と、外部の専門家3人で構成される。決めたことは、年に一度の総会で、地域全体の承認を受ける。総会では選挙も行われ、監査を受けた会計が報告される。
選挙のたびに、委員の50%が入れ替わる決まりもある。研修で身につけた力を残しながら、人も入れ替えるためだ。イェール大学の環境誌の記事も、土地とロッジのことは各集落の決議を経て、総会で決めると伝えている。
ロッジは、地域が株を持つ会社
公式サイトによると、ロッジはすべて地元の材料で建てられ、6つの部屋に、それぞれ2〜4人が泊まれる。2つの部屋には、星の下で眠れる大きなベッドを置いたベランダがある。ロッジの前の水場には、近くの泉から管で水を引いていて、鳥や動物が毎日集まる。
事例集によると、ロッジは独立した有限会社で、株の過半数をグループ・ランチが持つ。取締役会には、地域の4人に加え、レワとボラナという近くの保護区の代表、地元の国会議員が入る。公式サイトが「地域が持ち、地域が運営する」と書く一方、事例集は「過半数の株」と書いており、所有の割合の書き方は資料によって違う。
事例集の時点で、ロッジの年の総収入はおよそ900万ケニア・シリング(約8万6,500ドル)だった。純利益の40%を地域の開発に回し、残りの60%を運営の費用に充てるとしている。公式サイトは、客が払う保全料はそのまま地域に入ると説明している。使い道は、総会で地域が優先を決める。これまでに、水道、学校、奨学金、保健の巡回に使われてきた。
教育には、毎年50万ケニア・シリング(6,000ドル近く)の奨学金を充てている。中学校や大学に通う若者を支え、早い結婚を減らすため、とくに女の子を対象にしているという。
サイを見守る
公式サイトによると、2002年、レワで人の手で育てられたクロサイのオス「オムニ」が、ロッジの近くの柵で囲った保護区に移された。2006年には、シロサイ2頭が加わった。2013年、オムニは密猟の犠牲になったが、2頭のシロサイは残り、レンジャーが昼も夜も見守っている。レンジャーは今では16人になったという。
イル・ングウェシは2002年、UNDPの「赤道賞」を受けた。事例集によると、賞金3万ドルは、グループ・ランチの外に小麦を育てる土地2,000エーカーを買うのに使われた。放牧への頼りすぎを減らすためだ。
日本の宿に置き換えると
日本にも、村の人々が共同で使ってきた山や草地がある。宿が地域の土地や自然を借りて営むなら、その恵みをどう分け、誰がどう決めるかを、はじめに形にしておくことができる。
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)として、20室・稼働率70%(年5,110室泊)の宿が、1室泊あたり200円を地域の基金に積み立てるとする。年102万2,000円になる。使い道は年に一度、地域の集まりで決め、何に使ったかを客にも伝える。
分け方と決め方が、土地を守る
イル・ングウェシは、野生の動物のための土地を、干ばつのときの牛の命綱にもした。そして、宿の利益をどう分け、誰が決めるかを、地域の手に置いた。保全が続くかどうかは、仕組みの中身にかかっている。
持ち帰れる知識
- 保全地は、使い方を決めれば、地域の暮らしの蓄えにもなる
- 利益の分け方と決め方を、はじめに形にしておく
- 人が入れ替わる決まりが、仕組みを長く続ける助けになる
宿で考えられること
- 宿が借りている地域の自然や土地を、書き出してみる
- その恵みを地域にどう返すかを、地域の人と話し合ってみる
- 返したお金の使い道を、客にも伝える方法を考えてみる
事業・予約への接続
イル・ングウェシでは、地域の人々が持ち、地域の人々が決める宿であることが、そのまま客が訪れる理由になっている。泊まることが、土地の保全と地域の暮らしにつながっている。
Sources / 参考情報
- UNDP Equator Initiative(英文) - イル・ングウェシ・グループ・ランチ(赤道賞の事例集、2012年)
裏付け: 1970年代以降の密猟、1980年代の終わりのゾウの減少とサイの消失、森の伐採、レワとケニア野生生物公社の働きかけ、8,645ヘクタールと約80%の保全、1996年開業、中心の区域500ヘクタールと緩衝の区域6,000ヘクタール、乾いた時期の放牧、2008〜2009年の干ばつで約3か月分の草と約60%の損失とほかの地域の最大90%、14人の委員会と年3回、6人と外部3人の理事会、総会、委員の50%の入れ替え、株の過半数を持つ有限会社と取締役会の構成、総収入約900万シリング、純利益の40%と60%、水道・学校・奨学金・保健、奨学金50万シリング、2002年の赤道賞と賞金3万ドルで小麦の土地2,000エーカー - Il Ngwesi(英文) - イル・ングウェシの物語(公式サイト、2016年4月4日)
裏付け: 地域が持ち運営する唯一の高級ロッジ、16,500ヘクタール、レワのイアン・クレイグの呼びかけ、8,675ヘクタールの保全、1996年にUSAIDの資金をケニア野生生物公社経由で受けて建設、80人が10か月と10人の育成、レンジャー16人、2002年のクロサイのオムニ、2006年のシロサイ2頭、2013年の密猟、2頭のシロサイを昼夜見守る - Il Ngwesi(英文) - エコロッジ(公式サイト、2016年)
裏付け: すべて地元の材料で建設、6つの部屋に2〜4人、2部屋に星の下で眠れるベッドのベランダ、近くの泉から管で引いた水場 - Il Ngwesi(英文) - 地域を支える(公式サイト、2016年)
裏付け: ロッジの利益と寄付で学費・学校・保健・放牧の負担を減らす土地の購入、客の保全料はそのまま地域に - International Trade Centre(英文) - マサイのエコロッジが、人と動物の両方に恵みを(2020年4月8日、イル・ングウェシ理事会のジョンソン・ギリショ)
裏付け: レワの申し出、放牧地の80%を保全に、USAIDの資金でロッジを建設、地域が運営、柵で囲った区域にシロサイ2頭 - Yale Environment 360(英文) - コロナ禍の中で、先住の人々が営むアフリカの保全が強さを示す(2022年1月18日)
裏付け: 7つの集落の決議と総会で決める、約4万エーカーの半分を保全、干ばつのときの緩衝の区域の放牧、別の牧畜民に放牧を断ったことが緊張のもとになったというレンジャーの声