90%は、何の90%か:深海の水で冷やすボラボラのホテルと、「どこまでの電気を数えるか」
南太平洋、仏領ポリネシアのボラボラ島。ラグーンに水上のヴィラが並ぶ「インターコンチネンタル・ボラボラ・リゾート&タラソ・スパ」は、2006年5月に開業した。このホテルは開業のときから、部屋を冷やすのに、深い海の冷たい水を使っている。
この仕組みは「海水空調(SWAC)」と呼ばれる。紹介する記事には、決まって「電気を90%減らした」という数字が出てくる。この記事では、その90%が何に対する90%なのかを確かめていく。
深い海の水で、真水を冷やす
ホテル業界の団体サステナブル・ホスピタリティ・アライアンスの2023年の事例紹介によると、仕組みはこうだ。
- 水深3,000フィート(約900メートル)の冷たい海水を、長さ2,400メートルの管でくみ上げる
- 陸の上で、チタンの熱交換器を通し、ホテルの中を回る真水を冷やす
- 冷えた真水が、部屋の空気を冷やし、食品の冷蔵にも使われる
観光の工夫を集めるサイト「デスティネーション・シンク」の紹介によると、海水と真水は直接ふれ合わない。この方式はハワイで開発されたもので、空気を冷やすための圧縮機(コンプレッサー)がいらない。冷房の電気の多くを食うのは、この圧縮機だ。
「90%」と「250万リットル」
アライアンスの事例紹介は、冷房と冷蔵に使うはずだった電気を約90%減らし、燃料油にすると年に約250万リットルに相当すると書いている。仏領ポリネシアでは、電気の多くを輸入した燃料油でつくっている。ホテルの2017年の発表は、このホテルが世界で初めて海水空調を入れたリゾートで、冷房のすべてを深海の水でまかない、従来の冷やし方とくらべて電気を90%超減らしたとしている。
ここで大事なのは、比べる相手だ。「90%」は、同じ大きさの従来の冷房と比べた数字である。ホテルが使う電気全体の90%が減ったわけではない。照明や厨房、ポンプの電気は、別に残っている。
同じ持ち主の、もう一つの島の3年間
この90%を、実際の運転の記録で確かめた研究がある。ボラボラのホテルの持ち主パシフィック・ビーチコマーは、この仕組みを気に入り、北のテティアロア環礁のリゾート「ザ・ブランド」にも入れた。2026年に学術誌『エナジー・アンド・ビルディングズ』に載ったサンジヴィ氏らの論文は、ザ・ブランドの海水空調の3年間の運転の記録を分析している。ボラボラのホテルではなく、ザ・ブランドの数字だという点に気をつけたい。
論文によると、ザ・ブランドでは水深960メートル、約5度の海水をくみ上げ、約12度になった水を水深30メートルに戻す。ホテルの中の冷水は7度で送り、12度で戻ってくる。
冷房の効率は「COP」という数字で表す。電気1を使って、どれだけの熱を運べたかを示す数字で、大きいほど効率がよい。論文の数字は二つある。
- 海水側のポンプだけを数えたCOP:季節の平均で127
- ホテルの中で冷水を回すポンプも含めた、全体のCOP:季節の平均で24.7
比べる相手として、論文は、部屋ごとのエアコンのCOPを約3.5、部屋ごとの機械で最もよいもので5ほど、建物全体を冷やす大型の冷凍機で最大12としている。
計算すると、86%にも97%にもなる
この数字から計算してみる。部屋ごとのエアコン(COP 3.5)と比べると、全体のCOP 24.7なら電気は約86%減、海水側だけのCOP 127なら約97%減になる。大型の冷凍機(COP 12)と比べると、全体のCOPで約51%減だ。
同じ設備でも、どこまでの電気を数えるか、何と比べるかで、「90%」は86%にも97%にも51%にもなる。数字を見るときは、分母と比べる相手を確かめたい。
大きすぎる設備と、2台のポンプ
論文は、効率を下げていた理由も書いている。
- 設計は2.4メガワット分だが、実際に使っていたのは550〜900キロワット。将来の拡張を見こんで大きく作っていた
- 海水のポンプは約5キロワットで足りるのに、2台を動かしていた時期は約10キロワットになり、COPが下がった
- ホテルの中の冷水のポンプは、運転を見直すたびに、35、26、18キロワットと下がった
論文は、運転を最適化すれば全体のCOPを85.6まで上げられると試算している。また、くみ上げる水の温度を5度から8度に上げる(浅い場所から取る)設計にすると、冷やす費用は1キロワット時あたり0.312ドルから0.231ドルに、元を取る年数は15年から7年に縮むとしている。冷たい排水や、管につく生きものが海に与える影響は、別に評価を進めているという。
日本の宿に置き換えると
日本の宿で深い海の水を引くのは難しい。けれど、COPの考え方と、ポンプの電気を数える習慣は、どの宿でも使える。
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)として、20室の宿が、冷房で1年に6万キロワット時分の熱を運んでいるとする。COP 3.5のエアコンなら電気は約1万7,143キロワット時、COP 5の機械なら1万2,000キロワット時。差は約5,143キロワット時で、1キロワット時30円なら年に約15万4,000円だ。
一方、0.5キロワットのポンプが、いらないのに1年じゅう動いていたとすると、0.5×8,760時間で4,380キロワット時、約13万1,000円になる。機械を替える効果と同じくらいの電気が、ポンプの動かし方で消えることもある。
「何と比べて」を、一緒に書く
インターコンチネンタル・ボラボラは、深い海の冷たさを冷房に使う道を、2006年に開いた。そして、同じ持ち主のザ・ブランドの記録は、すぐれた仕組みでも、設備の大きさやポンプの動かし方で効率が変わることを示している。省エネの数字を伝えるときは、「何と比べて」「どこまでの電気を数えて」を、一緒に書いておきたい。
持ち帰れる知識
- 「90%減」は、同じ大きさの従来の冷房と比べた数字で、建物全体の電気の90%ではない
- COPは、どこまでのポンプの電気を数えるかで大きく変わる
- 設備が大きすぎたり、ポンプを余分に動かしたりすると、効率は下がる
宿で考えられること
- エアコンや冷凍機を替えるときに、COPを比べて選ぶ
- 冷水や温水を回すポンプが、何台、いつ動いているかを書き出す
- 省エネの数字を伝えるときに、比べる相手を一緒に書く
事業・予約への接続
ボラボラのホテルの2017年の発表は、深海の水を使う冷房を、ホテルの環境の取り組みの中心として紹介している。客の目に見えない設備でも、「何を、何と比べて、どれだけ減らしたか」を正しく伝えれば、宿の姿勢として伝わる。
Sources / 参考情報
- Sustainable Hospitality Alliance(英文) - IHGの事例:インターコンチネンタル・ボラボラ、海水で費用と炭素を減らし続ける(2023年9月19日)
裏付け: 輸入の燃料油の代わりに深海の海水で冷やす、水深3,000フィート・2,400メートルの管・チタンの熱交換器・真水の回路、冷房と冷蔵の電気を約90%、燃料油を年に約250万リットル、2006年の開業時に設置、持ち主パシフィック・ビーチコマーがテティアロアにも導入 - PR Newswire(英文) - インターコンチネンタル・ボラボラ、2017年ワールド・トラベル・アワードで「オーストラレーシアをリードするグリーンホテル」に(2017年6月7日)
裏付け: 世界で初めて海水空調を入れたリゾート、冷房のすべてを深海の水で、従来と比べて電気を90%超減らす - Energy and Buildings(英文) - 深海から効率へ:持続可能な冷房のための海水空調の最適化(Sanjivy, Raybaud, Marc, Lucas、2026年)
裏付け: テティアロアのザ・ブランドの3年間の記録、取水は水深960メートル・約5度、排水は約12度・水深30メートル、冷水7度で送り12度で戻る、設計2.4メガワット・実際550〜900キロワット、海水ポンプ約5キロワット・2台で約10キロワット、冷水ポンプ35→26→18キロワット、COP 127と24.7、比較のCOP(3.5、5、最大12)、最適化で85.6、取水5→8度で0.312→0.231ドル・15年→7年、排水と付着生物は別に評価中 - Destination Think(英文) - 深い海で空気を冷やす
裏付け: ハワイで開発された方式、海水と真水は直接ふれない、冷えた真水で空気を冷やし冷蔵にも使う、圧縮機がいらない、従来の10%のエネルギー - Hosco(仏文) - インターコンチネンタル・ボラボラ・リゾート・タラソ・スパ
裏付け: 2006年5月に開業、深海の海水を使う空調