「掃除が要る日は、お知らせください」:毎日の客室清掃を「頼んだ日だけ」に変えた、スロベニアとオーストラリアのホテルの実験
連泊の客が朝、部屋を出る。昼までに清掃係が入り、ベッドを整え、タオルを替え、掃除機をかける。多くのホテルでは、これが当たり前の流れだ。客が掃除を断りたいときは、ドアに「掃除は不要です」の札を掛ける。
#247 では、タオルを掛けておけば交換しないという札と、客の参加率を読んだ。この記事では、もう一歩進んで、清掃そのものの「標準」を入れかえた二つの実験を紹介する。何もしなければ毎日掃除するのではなく、何もしなければ掃除しない。掃除は、頼めば無料で受けられる。
何もしなければ、どうなるか
人は、自分から何も選ばなかったときの扱い(標準、英語でデフォルト)に従いやすい。この性質を、客室の清掃に当てはめたのが、スロベニアなどの研究者たちの実験だ。結果は、学術誌『ジャーナル・オブ・トラベル・リサーチ』に載っている。
実験の場所は、首都リュブリャナにある3つ星の「ホテル・パーク」(192室)。2017年7月と8月の27日間、三つのやり方を順番に試した。
- いつもどおり:毎日掃除する。不要な客は「掃除は不要です」の札を掛ける
- 標準を変える:掃除は、客が朝10時までに「今日は掃除をお願いします」の札を掛けた日だけ。無料
- 標準を変え、環境の説明も添える:「1回の清掃で、洗剤など100ミリリットル、水35リットル、電気1.5キロワット時を使います」と伝える
団体旅行の客と、1泊だけの客は、対象から外している。
89%が、32%に
対象は616組、清掃できる機会は989回だった。
- いつもどおりのやり方では、機会の89%で清掃した。標準を変えたやり方では32%だった
- 2泊の客:いつもどおりでは57%の組が掃除を受け、標準を変えると22%と28%
- 3泊以上の客:いつもどおりでは98%の組が毎日掃除を受けた。標準を変えると、一度も頼まない組が42%と53%、毎日頼む組が16%と12%、半分くらい頼む組が26%と28%
環境の説明を添えても、全体として清掃はそれ以上減らなかった。ただし、客の層によっては効果があったという。なお、期間によって出張客の割合などがちがったため、研究者たちは、こうした要素を考えに入れた統計の分析もしている。その分析では、全員がいつもどおりのやり方だった場合の清掃の割合は72%、標準を変えた場合は34%、環境の説明も添えた場合は22%と予測している。
言い方で、満足度が変わる
標準を変えると、客は不満に思わないだろうか。論文の著者の一人を含む研究者たちは、2024年に学術誌『ジャーナル・オブ・クリーナー・プロダクション』で、この問いに答えている。
まず、英国とオーストラリアに住む800人を対象に、清掃の仕組みを伝える言葉を8種類用意して比べた。理由などを何も添えずに標準だけを変えると、満足度は下がった。一方、客が自分で清掃の日を決められることを伝える言葉や、ほかの客の多くがそうしていることを伝える言葉(#247 で紹介した、ほかの客の参加を伝える札と同じ考え方)、客の要望に合わせることを伝える言葉では、満足度は下がらなかった。
次に、オーストラリアの中価格帯のホテル1軒で、本番の実験をした。
- 2023年8月6日〜9月5日(いつもどおり):連泊の部屋の99%を清掃
- 2023年9月6日〜10月31日(「掃除の日はお客さまが決められます」と掲示し、清掃は朝10時までに電話で依頼):45%
5点満点の満足度は、4.30と4.13で、はっきりした差はなかった。
有料でも、特典でもなく
最初の論文は、格安のホテルでは、清掃を有料の選択にしている例があると書いている。また、清掃を断った客にポイントや飲み物の券を渡すホテルもある。二つの実験は、どちらでもなく、無料のまま標準だけを変えた。
2026年の別の研究は、毎日のタオル交換をどれくらい大事に思うかは、客の層によってちがうと報告している。清掃を選べるようにすることは、こうした好みのちがいに合わせるやり方でもある。
日本の宿に置き換えると
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)として、20室の宿で、連泊中の清掃の機会が年1,500回あるとする。毎日清掃なら95%の1,425回、頼んだ日だけにして5割になれば750回で、差は675回だ。1回の清掃に25分、水40リットル、電気1.2キロワット時を使うとする。
- 人の時間:675回×25分で約281時間。時給1,200円なら33万7,500円分
- 水:27立方メートル。1立方メートル600円で1万6,200円
- 電気:810キロワット時。1キロワット時30円で2万4,300円
この仮定では、いちばん大きいのは人の時間だ。浮いた時間を、念入りな清掃や点検に回す使い方もある。
選べることを、先に伝える
二つの実験は、清掃を頼んだ日だけにすると、清掃の回数が大きく減ることを示した。そして、満足度を保てるかどうかは、伝え方で決まった。
宿で試すなら、「掃除をしません」ではなく、「掃除の日を選べます」と伝えたい。
持ち帰れる知識
- 何もしなければどうなるか(標準)を変えると、行動は大きく変わる
- 標準を変えるときは、言い方が満足度を左右する
- 毎日の清掃の価値は、客の層によってちがう
宿で考えられること
- 連泊中の清掃を、「頼んだ日だけ・無料」で一定期間試す
- 掲示では、客が掃除の日を選べることを伝える
- 清掃の回数と満足度を、試す前と後で記録する
事業・予約への接続
連泊中の清掃を選べるようにすることは、静かに過ごしたい客へのサービスとしても伝えられる。予約の画面や到着時の案内で、清掃の頼み方をはっきり示しておくと、客も迷わない。
Sources / 参考情報
- Journal of Travel Research(英文) - 掃除するか、しないか:旅行者に決めてもらうことで、毎日の客室清掃を減らす(Knezevic Cvelbar, Grün, Dolnicar、2019年オンライン公開・2021年掲載)
裏付け: リュブリャナの3つ星ホテル・パーク192室、2017年7〜8月の27日間、三つのやり方と札の文面、100ミリリットル・35リットル・1.5キロワット時(4つ星ホテルの数字)、団体と1泊の客を除外、616組・989回、89%と32%、2泊で57・22・28%、3泊以上で98%、42・53%、16・12%、26・28%、環境の説明の効果(全体では差がなく、長く泊まる観光客などで効果)、統計の分析による予測72・34・22%、格安ホテルの有料清掃、ポイントと飲み物の券 - IDEAS/RePEc(英文) - 同じ研究の論文の登録ページ(SocArXiv、2019年)
裏付け: 毎日の清掃(断れる)から、清掃なし(無料で頼める)への標準の変更を調べた研究 - Journal of Cleaner Production(英文) - 客の満足度を下げずに、客室清掃の標準の変更を伝える(Zinn, Greene, Dolnicar、2024年、第483巻、144266)
裏付け: 英国とオーストラリアの800人の調査、8種類の言葉、説明なしの変更で満足度が下がった、選べること・ほかの客の行動・要望に合わせることを伝える言葉、オーストラリアの中価格帯のホテル、2023年8月6日〜9月5日に99%、9月6日〜10月31日に45%、朝10時までに電話、満足度4.30と4.13 - Annals of Tourism Research(英文) - 持続可能でないホテルのサービスは、客にとってどれだけの価値があるか(2026年1月、第116巻、104073)
裏付け: 785人の選択実験、毎日のタオル交換・ミニバー・掃除機がけは客の層によって重要さが異なる、使い捨ての品の価値は小さい、4つ星ホテルの1回の清掃で1.5kWh・35L・100mlという先行研究の引用 - Journal of Consumer Research(英文) - 見方のある部屋:ホテルで環境保護を促す社会規範(Goldstein, Cialdini, Griskevicius、2008年)
裏付け: 「多くの客が参加している」と伝える札の実験(#247 で紹介)。2024年の研究の、ほかの客の行動を伝える言葉と同じ考え方