「100%バイオダイナミック」は、どこの100%か:英国のヘックフィールド・プレイスの菜園と農場を読み分ける
ロンドンから約1時間、英国南部ハンプシャー州に、18世紀の屋敷を使ったホテル「ヘックフィールド・プレイス」がある。2021年2月、米国の雑誌「360マガジン」は、このホテルを「英国で初めての、100%バイオダイナミックのホテル」と紹介した。
バイオダイナミックとは、化学的な農薬や肥料を使わず、土と動物と植物をひとつの循環として育てる農業のやり方だ。では、この「100%」は、敷地のどこを指しているのだろうか。この記事では、資料ごとの書き方を並べて、100%の範囲を確かめていく。
公式サイトの書き分け
ホテルの公式サイトは、農地を2つに分けて書いている。
- 「マーケット・ガーデン(菜園)」:「完全に認証を受けたバイオダイナミック」
- 「ホーム・ファーム(農場)」:「有機(オーガニック)」
菜園では、レタス、ベリー類、キャベツの仲間、カボチャ、ハーブ、ホテルに飾る花を育てている。ここには古い木の苗を育てる苗木畑もあり、公式サイトは「英国で唯一のバイオダイナミックの苗木畑」と書いている。
農場には、ガーンジー種の牛、羊、豚、放し飼いの鶏がいて、リンゴや梨などの果樹500本の果樹園がある。2020年には自前の酪農場を開き、牛乳とクリームから、ホテルで使うバターとヨーグルトを作っている。
雑誌の書き方
360マガジンの2021年2月18日の記事は、題名で「100%バイオダイナミックのホテル」とうたい、本文では、ホテルが「100%のバイオダイナミック認証を得て、英国で初めてのホテルと農場の敷地になった」と書いた。この書き方だと、敷地全体が認証を受けたように読める。
ところが、同じ雑誌の2021年8月4日の記事は、「その年の初めに、マーケット・ガーデンが100%のバイオダイナミック認証を得た」と書き、続けて「完全に有機のホーム・ファーム」と書いている。
米国の旅行誌「アファー」の2021年8月23日の記事も、認証を受けたのは「菜園(マーケット・ガーデン)」だと書いている。英国のバイオダイナミック協会によると、この認証は「EUの有機の基準を満たし、それを上回る」ものだという。
公式サイトと、後の2本の記事を合わせて読むと、「100%」は菜園が認証を受けたことを指し、農場は有機だと読むのが確かだ。
認証までの時間
アファーの記事で、当時の菜園の責任者デイヴィッド・ローリー氏は、認証には3年かかり、英国の今の手続きでは2年目に有機の認証が取れると話している。
菜園では、野菜を60〜70種類、切り花を40〜50種類育てている。トマトとミニトマトだけで20品種ある。
アファーによると、バイオダイナミックの認証を受けた農場は、世界で約5,000しかない。米国だけで、有機の認証を受けた農場は1万6,500を超えている。
月の暦と、牛のふん
公式サイトによると、バイオダイナミックは、1924年にルドルフ・シュタイナーが行った8回の講義から生まれた。第一次世界大戦のころに広がった化学肥料の使いすぎを正すためのもので、「生きた土」を大切にする。
360マガジンの2021年2月の記事によると、ホテルは月の動きに合わせて作業の日を決めている。ニンジンのような根の野菜は、月が「土」の星座(やぎ座、おうし座、おとめ座)にある日に、レタスやホウレンソウのような葉の野菜は「水」の星座(かに座、さそり座、うお座)にある日に手を入れる。
アファーの記事でローリー氏は、牛のふんを菜園の緑の材料と合わせて堆肥にし、60日後に切り返して土に入れると話している。動物がいなければ、土を養うふんはどこから来るのか、とも語っている。
宿の食材は100%自給か
「100%」という言葉は、宿の食材がすべて敷地でまかなわれているようにも聞こえる。しかし、公式サイトの書き方はちがう。
公式サイトによると、菜園と農場は、栽培の責任者ジェーン・スコッター氏とホテルのチームが見ている。その公式サイトは、菜園と農場は「できるときには(whenever it can)」ホテルの食材をまかなう、「できるだけ多く(as much as it can)」まかなう、と書いている。花や季節の作物、乳製品、ときには蜂蜜まで、とある。つまり、100%は認証の話で、食材の自給率の話ではない。
菜園の外の取り組み
公式サイトによると、ホテルはシャワーや暖房のお湯の大部分を、持続可能な供給元の木のペレットを燃やすボイラーで温めている。照明の90%はLEDで、水は自前の井戸と雨水を使う。
ホテルのレストラン「マール」は、環境に配慮した店に贈られるミシュランのグリーンスターを、2022年、2023年、2025年、2026年に受けている。
日本の宿に置き換えると
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)として、ある宿が毎月150kgの野菜を使い、菜園で取れる野菜を全部使うとする。
- 夏(6〜9月):毎月90kg取れる → 4か月で360kg
- 春と秋(4・5・10・11月):毎月45kg → 4か月で180kg
- 冬(12〜3月):毎月10kg → 4か月で40kg
- 1年で580kg。使う野菜1,800kg(150kg×12か月)の約32%
菜園の作り方が「100%有機」でも、宿で使う野菜の自給は約3割だ。夏の月だけを見れば、6割になる。「何の100%か」「いつの数字か」を分けて伝えると、誤解が生まれにくい。
範囲を言葉にする
宿が「100%」と言うときは、範囲を一緒に書くとよい。菜園なのか、敷地全体なのか、作り方なのか、自給の割合なのか。範囲がはっきりすれば、取り組みはそのまま伝わる。
持ち帰れる知識
- 「100%」は、どの範囲の、何の割合かを確かめる
- 作り方の認証と、食材の自給率は別のこと
- 同じ雑誌でも、記事によって書き方が変わることがある
宿で考えられること
- 菜園の野菜が、宿で使う野菜の何割になるかを月ごとに記録する
- 「有機」「100%」と書くときに、範囲を一緒に書く
- 季節で取れる量が変わることを、献立の計画に入れる
事業・予約への接続
範囲をはっきり書いた説明は、客にも取材にも信頼されやすい。菜園を歩く案内と合わせれば、宿の食の物語として伝えられる。
Sources / 参考情報
- Heckfield Place(英文) - 再生のホテル
裏付け: 有機のホーム・ファームと完全に認証されたバイオダイナミックのマーケット・ガーデン、ジェーン・スコッター氏、「できるときには」まかなう、木のペレットのボイラー、照明の90%がLED、井戸と雨水、1924年のシュタイナーの8回の講義 - Heckfield Place(英文) - ホーム・ファーム
裏付け: 菜園の作物と花、英国で唯一のバイオダイナミックの苗木畑、ガーンジー種の牛・羊・豚・鶏、果樹500本、2020年に酪農場、バターとヨーグルト - Heckfield Place(英文) - 館と敷地
裏付け: 菜園と農場がホテルの食材を「できるだけ多く」まかなう - Heckfield Place(英文) - 受賞歴
裏付け: マールが2022・2023・2025・2026年にミシュランのグリーンスター - 360 Magazine(英文) - ヘックフィールド・プレイス:英国で初めての100%バイオダイナミックのホテル(2021年2月18日)
裏付け: 100%のバイオダイナミック認証、英国で初めてのホテルと農場の敷地、3年の転換、月の星座に合わせた作業 - 360 Magazine(英文) - 英国 ヘックフィールド・プレイス(2021年8月4日)
裏付け: その年の初めにマーケット・ガーデンが100%の認証、完全に有機のホーム・ファーム - AFAR(英文) - ヘックフィールド・プレイスは英国初のバイオダイナミックのホテル。それはどういう意味か(2021年8月23日)
裏付け: 認証は菜園、EUの有機の基準を満たし上回る、世界に約5,000・米国の有機農場1万6,500超、野菜60〜70種・花40〜50種・トマト20品種、認証に3年・2年で有機、ローリー氏、牛のふんの堆肥を60日後に切り返す