「洗濯を館内に」と「洗濯の大部分は外注」:ロンドン・ヒースロー・マリオットの年170万リットルは、何と比べた節約か
英国ロンドンのヒースロー空港の近くにある「ロンドン・ヒースロー・マリオット」は、洗濯で年に170万リットルの水を節約したと紹介されてきた。洗濯を外の業者に任せるのをやめ、ホテルの中で洗うようにした結果だという。
ただ、ここで一つ疑問がわく。外の業者に頼んでいた洗濯をホテルの中で始めれば、ホテルの水道メーターに出る水は、むしろ増えるはずだ。では、170万リットルの「節約」は、何と比べた数字なのか。この記事では、いくつかの資料を並べて、この問いを考える。
ホテルと、170万リットルの紹介
業界のニュースサイト「サステナブル・ホテル・ニュース」の2024年10月の記事によると、ホテルは1998年に開業し、2016年から2018年にかけて全面的に改装した。客室は393室。2019年に、英国のマリオットで初めて、国際的な環境認証「グリーンキー」を取った。
グリーンキーは2019年9月の記事で、このホテルを次のように紹介している。
- 館内の洗濯を選んだことで、年に170万リットルの水を節約した
- ハイドロフィニティ(Hydrofinity)という洗濯機を館内に入れ、8か月以内に投資を回収した
- この洗濯機は、ふつうの洗濯機に比べて、水を最大80%、エネルギーを最大50%、洗剤などの薬剤を最大50%減らす
- 170万リットルは、ヒースロー空港の旅客340万人が、繰り返し使える水筒を満たせる量
記事はまた、宿泊施設の76%が洗濯を外の業者に任せていると書いている。ただし、その数字の調査の出典は示していない。
ホテル自身の説明
マリオットのホテルのページ(英国版)は、洗濯について次のように書いている。
- 洗濯の仕事をホテルの中に移したことで、水とエネルギーの使い方を自分で管理でき、運ぶことによる環境への影響もなくなった
- この取り組みで、年に170万リットルの水を節約している。平均的なシャワー1万1,800回分にあたる
割り算をしてみると、170万リットル÷1万1,800回=約144リットル。1回のシャワーを約144リットルと見た計算になる。グリーンキーの「340万人の水筒」は、170万リットル÷340万=0.5リットルで、1本0.5リットルの計算だ。
一方、同じマリオットの、別のページ(米国版の環境の取り組みのページ)には、次のように書かれている。
- 洗濯の仕事は大部分を外の業者に任せているが、一部をホテルの中で、エネルギー効率の良い機械で洗っている
- その機械で、水の使用を81%減らしている。「XOrbs」というポリマーの粒を使う洗い方だ
「洗濯をホテルの中に移した」という説明と、「大部分は外注で、一部を中で洗う」という説明は、同じホテルのページでも書き方が違う。いつの時点の説明かも、ページからは分からない。
洗濯機のメーカーの説明
ハイドロフィニティは、英国のゼロス(Xeros)という会社の洗濯の部門だ。2018年6月の発表によると、部門の名前を「ゼロス・クリーニング」から「ハイドロフィニティ」に変えた。発表は、この洗い方では、水の最大85%をXOrbsという粒で置き換えると説明している。粒は最大1,000回の洗濯に使え、常温の水でも洗えるので、水を温めるエネルギーも減らせるという。
洗濯の業界誌の2019年4月の記事は、ロンドン・ヒースロー・マリオットを、ハイドロフィニティの新しい顧客の一つとして紹介している。この記事で、メーカーの営業の責任者は「ハイドロフィニティの機械1台で、ふつうの機械より年に最大100万リットル水を減らせる」と話している。
「最大80%」「81%」「最大85%」と、減らす割合も資料によって少しずつ違う。メーカー側の数字は、条件がそろったときの最大の値として読む必要がある。
170万リットルは、何と比べたのか
ここで、最初の問いに戻る。考えられる比べ方は、少なくとも2つある。
- ホテルの中で洗うとして、ふつうの洗濯機を使った場合と比べた
- 外の業者が洗っていたときに使っていた水と比べた
前者なら、ホテルのメーターの水は、外注のころより増えている可能性がある。後者なら、外の業者の水の量を何らかの方法で見積もったことになる。資料は、どちらの比べ方かを書いていない。
また、メーカーは「機械1台で最大100万リットル」と言い、グリーンキーは「洗濯機を入れて170万リットル」と書く。台数が1台なら最大値を超えるし、2台以上なら合う。台数も資料からは分からない。ここでは、どの数字が正しいかを決めるのではなく、比べる相手が書かれていないことを確かめておく。
ホテル全体の水
サステナブル・ホテル・ニュースによると、ホテルは1室1泊あたりの炭素の排出を21.56キログラム、水を325.66リットルと公表していた。170万リットルを325.66リットルで割ると、約5,200室泊分になる。
ホテルのページは、浴室のトイレやシャワー、蛇口を節水型に替え、2015年から水の使用を26%減らしたとも書いている。ただし、別の箇所では「節水型の浴室の器具と、館内の省エネ・節水型の洗濯を合わせて、水の使用を26%減らす」と書いている。26%に洗濯の分が入っているかどうかは、書き方によって違う。
日本の宿に置き換えると
日本の宿が洗濯を館内で始めるときには、衛生の決まりも関わる。厚生労働省の「旅館業における衛生等管理要領」(2026年1月の改正の通知に付いたもの)は、洗濯室を設ける場合、洗濯物の量に応じた広さと設備を持ち、その他の構造設備は「クリーニング所における衛生管理要領」に準じるよう定めている。
そのクリーニング所の要領は、たとえば次のことを求めている。
- 洗濯場の床や腰の高さまでの壁は、コンクリートやタイルなど水を通さない材料にし、掃除しやすくする
- 水で洗う場合、床は水が流れやすいように傾け、排水口を設ける
- 洗い終わったものと洗う前のものを分けて扱う
外の業者の側も、同じ要領の下にある。要領は、繊維製品を貸し出し、使い終わったら回収して洗い、また貸し出すことを繰り返すクリーニング所を「リネンサプライ等クリーニング所」と呼び、回収した洗濯物を種類と汚れの程度で分けて処理するよう定めている。厚生労働省によると、クリーニングの営業許可施設は2024年3月末で7万2,936施設。クリーニング業は、リネンサプライなどの産業用と、一般の家庭用に大きく分かれる。
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)として、洗濯を外に頼んでいる20室の宿が、館内で洗うことを考える。
- 稼働率70%で年5,110室泊。1室1泊の洗濯物を3キログラムとすると、年1万5,330キログラム
- 1キログラムあたり12リットルの水で洗うと、年約184立方メートル。宿の水道メーターには、この分が新しく増える
- 水道と下水を合わせて1立方メートル600円とすると、年約11万円の水道代が増える
- これまで外の業者が使っていた水は、宿の請求書には出ていなかった
館内で洗うかどうかは、業者への支払い、人手、場所、衛生の設備、水とエネルギーの増え方を並べて決めることになる。そして、もし館内で洗うなら、水の「節約」を語るときに、何と比べたかを書いておきたい。
比べる相手を書く
ロンドン・ヒースロー・マリオットの例は、節約の数字には、必ず比べる相手があることを教えてくれる。ふつうの機械と比べたのか、外注のころと比べたのか、ホテルのメーターで見たのか。その一言があるだけで、数字の意味ははっきりする。
持ち帰れる知識
- 外注していた洗濯を館内に移すと、宿のメーターに出る水は増えることがある
- 「節約」の数字は、何と比べたかで意味が変わる
- メーカーの「最大○%」は、条件がそろったときの最大の値
- 館内の洗濯室は、クリーニング所の衛生管理要領に準じた構造設備が求められる
宿で考えられること
- 外の業者に、1キログラムあたりの水とエネルギーの量を尋ねる
- 館内で洗う場合の、水道代、電気やガス、人手、場所、衛生の設備を見積もる
- 洗濯の数字を伝えるときは、比べる相手と期間を書く
- 洗濯物の重さを、1室1泊あたりで記録する
事業・予約への接続
洗濯の工夫は、客には見えにくい取り組みだ。伝えるときは、「何と比べて、どれだけ減ったか」を添えると、数字が伝わりやすく、信頼にもつながる。
Sources / 参考情報
- Green Key(英文) - マリオットのホテルが、洗濯を館内に移して水とエネルギーを節約(2019年9月)
裏付け: 館内の洗濯で年170万リットルを節約、宿泊施設の76%が外注、ハイドロフィニティの洗濯機を入れて8か月以内に回収、水を最大80%・エネルギー50%・薬剤50%削減、旅客340万人の水筒 - Sustainable Hotel News(英文) - レビュー:ロンドン・ヒースロー・マリオット(2024年10月)
裏付け: 1998年開業・2016〜2018年に全面改装、393室、2019年に英国のマリオットで初のグリーンキー、1室1泊の炭素21.56キログラム・水325.66リットル、2段式のトイレと泡沫器付きの蛇口で26%、館内の洗濯で年170万リットル・シャワー1万1,800回分 - Marriott(英文) - ロンドン・ヒースロー・マリオットの環境の取り組み(英国版)
裏付け: 洗濯を館内に移して水とエネルギーを管理・運搬の影響をなくした、年170万リットル・平均的なシャワー1万1,800回分、浴室の器具で2015年から26%、別の箇所で浴室の器具と館内の洗濯を合わせて26% - Marriott(英文) - 資源の効率的な運営(米国版)
裏付け: 洗濯は大部分を外注し一部を館内でエネルギー効率の良い機械で洗い水を81%削減、XOrbsというポリマーの粒 - Laundry and Cleaning News(英文) - 次の段階の技術(2019年4月)
裏付け: ロンドン・ヒースロー・マリオットはハイドロフィニティの新しい顧客の一つ、総支配人の発言、機械1台でふつうの機械より年に最大100万リットル少ない(メーカーの営業の責任者) - PR Newswire(英文) - ゼロス・クリーニングがハイドロフィニティに(2018年6月)
裏付け: 7月10日から名前を変更、ゼロス・テクノロジー・グループの部門、水の最大85%をXOrbsで置き換え、常温の水で洗える、粒は最大1,000回の洗濯に使える - 厚生労働省 - 旅館業における衛生等管理要領の一部改正について(PDF)(2026年1月)
裏付け: 洗濯室を設ける場合は洗濯物の量に応じた広さと設備、その他の構造設備はクリーニング所における衛生管理要領に準ずる - 厚生労働省 - クリーニング所における衛生管理要領(PDF)
裏付け: 洗濯場の床と腰張りは不浸透性材料、ランドリー処理の床はこう配と排水口、未洗濯と洗濯済みを区分、リネンサプライ等クリーニング所の定義と選別・区分処理 - 厚生労働省 - クリーニング業概要
裏付け: 2024年3月末の営業許可施設数7万2,936、リネンサプライ等産業用と一般家庭用に大別