海に面したホテルを、風と波で動かせるか:香港の「ゼロエネルギー・ホテル」の計算を読む
土地が狭く、高い建物が並ぶ街では、屋根に太陽光パネルを置く場所も限られる。それなら、海の風と波を使えないか。香港の研究者らが、海に面したホテルの建物を、沖の風車と波の発電装置で支える計画を、コンピューターの上で組み立てた。研究のハイライトには「マイナスのCO2排出」という言葉もある。この記事では、その言葉が何を指すのかを確かめながら、研究の中身を読む。そして、日本の宿が小さな風車を置くときのルールにつなげる。
香港の電気と、建物
論文は、エネルギーと電力網の学術誌「Sustainable Energy, Grids and Networks」の30巻(2022年6月)に載った。著者はLuo氏、Cao氏、Lu氏。論文の導入部は、香港の電気の事情を次のように紹介している。
- 人口740万人の大都市で、2018年の電気の消費は1.6×10の5乗テラジュール
- そのうち再生可能エネルギー由来は0.2%だけ
- 再生可能エネルギーの84.3%以上は、ごみを燃やした発電。風力と太陽光にはまだ伸びる余地がある
- 土地が狭く高いため、高い建物が立ち並び、陸の上に再生可能エネルギーの設備を置く場所がない
- 商業ビルだけで、香港の電気の消費の67%を占め、効率が低いと考えられている
香港の議会には、人工島をつくって新しい中心業務地区を整備する「ランタオ・トゥモロー・ビジョン」という構想がある。論文によると、17平方キロメートルを埋め立て、約30万戸の住宅を100万人近くに提供する計画だ。海に囲まれた香港は、沖の風や波などの海のエネルギーを使える可能性が大きいと、論文は見ている。
何を計算したか
研究では、建物のシミュレーションのソフト「TRNSYS 18」の上に、海に面したホテルの建物を組み立てた。
- 建物の設備、蓄えの設備、再生可能エネルギーの設備をすべて設定した
- 電気は、沖の風車と、波の力を電気に変える装置でつくる
- 冷房の熱を逃がす装置として、空気で冷やす冷却塔の代わりに、海水に沈めた熱交換器を使う。海水の温度の有利さを生かす
- 電気ヒーターをヒートポンプに置き換えると、暖房の電気の需要は26%にまで減った
熱の設備の効率は、成績係数(COP、使った電気に対して何倍の熱を動かせるか)で評価している。
風と波を組み合わせる理由
研究は、風と波の割合をいくつも変えて、二つの物差しで比べた。
- 「現地の電気エネルギーの一致度(OEMe)」
- 「現地の電気エネルギーの割合(OEFe)」
どちらも、建物で使う電気と、その場でつくる電気がどれだけ合っているかを見る物差しだ。結果は、風と波を組み合わせると、一方だけでは足りないときの電気を大きく補えるというものだった。風が弱い時間に波が電気をつくり、その逆もある、という考え方である。
「マイナスのCO2」の読み方
論文のハイライトには「対象の建物で、マイナスの二酸化炭素排出を達成」とある。一方、要旨の本文は「年間の等価CO2排出の大幅な削減に達した」と書いている。どちらも、実際の建物で測った値ではなく、シミュレーションの上での年間の計算だ。どういう数え方でマイナスになるのかは、論文の本文で確かめる必要がある。紹介するときは「計算の上で」と添えたい。
20年で成り立つか
お金の面は、比べる相手に対する正味現在価値と、単純な回収年数で評価した。要旨は、20年の稼働期間で、成り立つことが「おおまかに」示されたと書いている。そのうえで、この計画は利益が出て環境にもよい、実用的な解決策だとしている。
ただし、論文自身が導入部で、波の発電装置はまだ実際の利用に使われているものが少なく、多くは数値の計算や模型の試験の段階だと認めている。海のエネルギーで海辺の地域の需要を支えるのが実用的かは、まだ不確かだという。この研究は、その可能性を計算で示したものと読むのがよい。
日本の宿に置き換えると
日本の宿が、海辺で小さな風車を置くことを考えると、電気事業法の保安のルールが関係する。経済産業省の制度の案内サイトによると、2023年3月20日から次のように変わった。
- それまで、出力50キロワット未満の太陽光と、20キロワット未満の風力は「一般用電気工作物」として扱われ、一部の保安の規制の対象外だった
- 新しい制度では、太陽光の10キロワット以上50キロワット未満と、風力の20キロワット未満を、「小規模事業用電気工作物」という新しい区分にした
経済産業省の「風力発電設備の安全」のページは、20キロワット未満の風車に求められることを、電気事業法の条文ごとに整理している。
- 技術基準に合った状態を保つ義務(第39条)
- 使い始める前に、氏名や住所などの基礎情報を届け出る(第46条。2023年3月20日から)
- 使い始める前に、技術基準に合うことを自分で確かめる「使用前自己確認」(第51条の2。20キロワット未満は2023年3月20日から)
- 電気主任技術者の選任と保安規程の届出は要らない
- 事故の報告は、2021年4月1日から求められている
この区分では、太陽光は10キロワット未満なら対象にならないが、風力は20キロワット未満がすべて対象になる。同じ5キロワットでも、太陽光と風車では手続きが違うことになる。太陽光の区分の詳しい話は#368で取り上げた。
経済産業省は2019年2月21日、「利回り○%」「メンテナンスフリー」とうたって小形風力の設備などが売られていることに注意を呼びかけた。設備の安全を保つ責任は、施工業者やメーカーではなく所有者にあり、FIT法の認定の有無にかかわらず電気事業法を守る必要がある。購入の前には、設計図書や、支柱の構造図と強度の計算書などを受け取り、説明を受けるよう求めている。同省のページには、小形風力の羽根が落ちた事故の報告も載っている。
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)
海辺の宿が、5キロワットの小さな風車を置くとする。1年を通して、定格の15%の割合で発電すると仮定する。
- 発電量:5キロワット×8,760時間×15%で、年6,570キロワット時
- 電気を1キロワット時30円で買っているなら、買わずに済む電気は年19万7,100円分
同じ5キロワットの太陽光を、定格の13%の割合で発電すると仮定すると、年5,694キロワット時。数字は近いが、太陽光は昼だけ、風は昼も夜も吹くことがある。香港の研究の、風と波を組み合わせる考え方と同じで、発電の時間がずれる設備を組み合わせると、宿が電気を使う時間に合いやすくなる。ただし上で見たとおり、5キロワットの風車は、届出と使用前自己確認の対象になる。発電の割合は場所で大きく変わるので、風の観測から始めたい。
計算の上の「ゼロ」と「マイナス」
香港の研究は、土地のない都市のホテルが、海の風と波を使えるかを計算で確かめた。風と波を組み合わせると、電気の不足を互いに補えるという結果は、ほかの再生可能エネルギーを組み合わせるときにも通じる考え方だ。一方で、「マイナスのCO2」は計算の上の年間の値で、波の発電はまだ実証が少ない。言葉の強さに引かれず、何を計算したのかを添えて伝えたい。
持ち帰れる知識
- 香港の2018年の電気のうち、再生可能エネルギーは0.2%
- 発電の時間がずれる設備を組み合わせると、需要に合いやすくなる
- 「マイナスのCO2」は計算の上の年間の値
- 日本では2023年3月20日から、20キロワット未満の風車は小規模事業用電気工作物
宿で考えられること
- 宿が電気を使う時間と、太陽光や風がある時間を並べてみる
- 小さな風車を考えるなら、まず風を測り、届出と使用前自己確認の手続きを調べる
- 研究の結果を紹介するときは「計算の上で」と添える
- 冷房の熱の逃がし方など、設備の効率も合わせて見直す
事業・予約への接続
海の風や波で動くホテルは、客の関心を引く話題だ。研究の段階の話は研究として紹介し、宿が実際にしていることと分けて伝えたい。
Sources / 参考情報
- Sustainable Energy, Grids and Networks(英文) - 風と波の組み合わせのエネルギーで支える、海に面したゼロエネルギーのホテル建物の技術と経済の実現性(Luo、Cao、Lu、30巻、100650、2022年6月)
裏付け: 香港の人口740万人・2018年の電気1.6×10^5TJ・再生可能エネルギー0.2%・うち廃棄物発電84.3%、商業ビル67%、ランタオ・トゥモロー・ビジョン(17平方キロメートル・約30万戸・100万人近く)、TRNSYS 18、海水の熱交換器、ヒートポンプで暖房の電気を26%に、OEMeとOEFe、風と波の割合、マイナスのCO2(ハイライト)、年間の等価CO2の大幅な削減、相対の正味現在価値と単純回収年数、20年、波の装置の多くは数値計算や模型の試験 - 小規模事業用電気工作物の保安制度の案内サイト(経済産業省の委託) - 小出力発電設備の保安制度
裏付け: 2023年3月20日施行、旧制度では太陽光50kW未満・風力20kW未満は一般用電気工作物、新制度では太陽光10kW以上50kW未満・風力20kW未満が小規模事業用電気工作物、技術基準適合維持義務、基礎情報届出の義務、使用前自己確認の義務 - 経済産業省 - 風力発電設備の安全
裏付け: 20kW未満(小規模事業用電気工作物)は技術基準適合維持義務(法第39条)・基礎情報届出(法第46条、2023年3月20日施行)・使用前自己確認(法第51条の2、20kW未満は2023年3月20日施行)が要、保安規程届出・主任技術者選任は不要、事故報告は2021年4月1日施行、小形風力のブレード落下事故の報告 - 経済産業省 - 低圧太陽光発電設備や、小形風力発電設備を購入される皆様へ~「電気事業法上の義務」をご存じですか?~(2019年2月21日)
裏付け: 「利回り○%」「メンテナンスフリー」をうたう販売、責任は所有者、FIT法の認定の有無にかかわらず電気事業法の義務、設計図書・支持物の構造図及び強度計算書などの入手と説明 - e-Gov法令検索 - 電気事業法
裏付け: 第39条(技術基準への適合の維持)、第46条(小規模事業用電気工作物の使用開始前の届出)、第51条の2(使用前の自己確認)