太陽、風、波、そして水素:海辺のホテルを動かす最適化の研究を、論文の中の食い違いから読む
ペルシャ湾に浮かぶイランのキシュ島。この島のホテルを、太陽光、風、波でつくる電気と、水素の貯蔵で動かす計画を、コンピューターの上で最適化した研究が、2026年に発表された。太陽光パネル500枚、風車13基、波の発電装置35基という答えは目を引く。ただ、論文を読み進めると、ホテルの大きさや「電力網への依存」の数字に、読み方の注意が要る箇所がある。この記事では、研究の結果と、論文の中の食い違いを中立に並べる。そして、日本で水素を貯めるときの法律につなげる。
研究のあらまし
エネルギー戦略の学術誌「Energy Strategy Reviews」の64巻(2026年3月)に、Fathi氏らの論文が載った。誰でも読める公開の論文だ。
- 対象は、キシュ島のホテル
- 電気は、太陽光パネル、縦の軸で回る風車、波の発電装置(振動水柱型、OWC)でつくる
- 余った電気で水を分解して水素をつくり、タンクに貯め、足りないときに燃料電池で電気に戻す
- 建物のエネルギーは、建物のシミュレーションのソフト(EnergyPlusとOpenStudio)で計算し、設備の動きはTRNSYSで計算した
- 遺伝的アルゴリズム(NSGA-III)で、費用、電気が足りなくなる確率、CO2の三つを同時に小さくする組み合わせを探した
最適な組み合わせと、部品の大きさ
論文のハイライトによると、最適な組み合わせは次のとおりだ。
- 太陽光パネル500枚、風車13基、波の発電装置35基
- CO2の排出は年84.45トン。要旨は、電力網に頼る運転と比べて81%減としている
- 電気が足りなくなる確率(LPSP)は0.179
- 運転の費用は1時間あたり472ユーロ
部品の表(Table 3)には、太陽光パネル1枚375ワット、風車1基9.8キロワット、波の装置1基200キロワット、水の電気分解の装置100キロワット(7バール)、燃料電池60キロワット、水素タンク5立方メートル(7.1〜250バール)が並ぶ。表の定格と台数を掛けると、太陽光は187.5キロワット、風車は127.4キロワット、波の装置は7,000キロワットになる。定格どおりに発電し続けるわけではないが、計画の中で波が大きな役割を持つことがわかる。論文は、波の装置が防波堤の役目も兼ねられるとしている。
結果の節では、貯蔵した水素で年間の負荷の最大38%をまかなえること、ホテルの電気のうち冷房が約47%を占めることも示されている。
食い違い1:「大きなホテル」か「小さなホテル」か
要旨は、対象を「大きなホテル(large hotel)」と書いている。一方、建物の図(Fig.2)の説明は「米国エネルギー省(DOE)の原型の小さなホテル(small hotel)」で、延べ床面積は1万1,345.5平方メートルとされている。
DOEは、建物のエネルギー基準の分析のために、16種類の商業建物の原型のモデルを公開している。その中で「小さなホテル」と「大きなホテル」は別の種類だ。この論文がどちらのモデルを使ったのかは、図の説明に従えば「小さなホテル」と読めるが、要旨とは表現が違う。
食い違い2:「電力網への依存」の数え方
LPSPは、論文の式(Eq.4)では、電力網からの電気が必要になった時間を、1年の時間で割った値だ。つまり0.179は、1年のうち約17.9%の時間で電力網の助けが要ったという、時間の割合である。
一方、結論の節は、電力網への依存が40〜50%から12%未満に下がったと書いている。こちらが時間の割合なのか、電気の量の割合なのかは、結論の文だけでは読み取れない。17.9%と12%未満は、別の物差しの数字かもしれないので、並べて比べないほうがよい。
このほか、水の電気分解の装置の種類について、論文の中に固体高分子形(PEM)とアルカリ形の両方の記述がある。
研究の限界
論文自身は、実際の設備での検証がないこと、対象が1か所であること、典型的な気象の1年分で計算していることを、限界として挙げている。部品の性能は表の値に基づく計算で、実際に建てたホテルの記録ではない。
日本の宿に置き換えると
この研究の水素タンクは、最大250バールで水素を貯める。日本では、高圧ガス保安法の第2条1号が、常用の温度で圧力(ゲージ圧力)が1メガパスカル以上となる圧縮ガスを「高圧ガス」と定めている。1バールは0.1メガパスカルなので、次のように読める。
- 水の電気分解の装置の7バールは、約0.7メガパスカルで、1メガパスカルに届かない
- タンクの最大250バールは、約25メガパスカルで、高圧ガスに当たる
経済産業省の2024年11月の資料によると、高圧ガス保安法は、高圧ガスの製造・輸入から、貯蔵、販売、移動、消費、廃棄まで、一生を通して安全を規制する。水素では、1メガパスカル以上の圧縮水素と液化水素が対象で、燃料電池の設備での消費なども含まれる。同じ資料は、水素の性質を次のように紹介している。
- 拡散しやすく、着火しやすく、金属の材料をもろくする
- 着火に要る最小のエネルギーは0.02ミリジュールで、メタンの0.28ミリジュールより小さい
- 空気中で燃える濃さの範囲は4〜75%で、メタンの5〜15%より広い
一方、1メガパスカル未満の水素は、高圧ガス保安法の高圧ガスに当たらない。経済産業省の「水素保安戦略」の中間とりまとめ(2023年3月)は、韓国が2020年に「水素法」を定め、高圧ガスの法律で担保されない1メガパスカル未満の低圧の水素の設備にも、安全の法的な根拠をつくったことを紹介している。宿が水素を扱うなら、圧力ごとにどの法律が関係するかを、専門家と確かめたい。
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)
昼に余った電気100キロワット時を、夜に使いたいとする。効率は、水の電気分解を70%、燃料電池を50%、蓄電池の出し入れを90%と仮定する。
- 水素で貯める:100キロワット時×70%×50%で、戻るのは35キロワット時
- 蓄電池で貯める:100キロワット時×90%で、戻るのは90キロワット時
1日のうちに出し入れするなら、蓄電池のほうがずっと多く戻る。水素が生きるのは、効率の低さを受け入れても、たくさんの量を長い期間貯めたいとき、たとえば季節をまたいで使いたいときだと考えられる。この研究で、貯蔵した水素が年間の負荷の最大38%をまかなうという結果も、そうした長い期間の役割として読むとわかりやすい。
答えの数字より、物差しを確かめる
太陽光500枚、風車13基、波の装置35基という答えは、計算の上の最適だ。読むときは、対象の建物が「大きなホテル」か「小さなホテル」か、LPSPが時間の割合であることを確かめたい。日本で同じことを考えるなら、水素タンクの圧力が1メガパスカルを超えるかどうかで、関係する法律が変わる。数字の大きさより、何を、どう数えたかを先に見ることが大切だ。
持ち帰れる知識
- LPSP(電気が足りなくなる確率)は、この論文では時間の割合
- DOEの建物の原型のモデルでは、小さなホテルと大きなホテルは別の種類
- 日本では、1メガパスカル以上の圧縮水素は高圧ガス保安法の高圧ガス
- 水素の貯蔵は、効率より、量と期間で考える
宿で考えられること
- 蓄電池と水素を比べるときは、戻ってくる電気の割合を先に計算する
- 研究の数字を紹介するときは、対象の建物の種類と大きさを確かめる
- 水素を扱う計画では、圧力ごとに関係する法律を専門家と確かめる
- 冷房が電気の大きな割合を占めるなら、まず冷房の効率を見直す
事業・予約への接続
太陽、風、波、水素で動くホテルは、未来の姿として客の興味を引く。研究の段階の計算は計算として紹介し、数字の物差しを添えて伝えたい。
Sources / 参考情報
- Energy Strategy Reviews(英文) - 海辺の地域の持続可能なホテル運営のための太陽、風、波のエネルギーの統合:水素で支える再生可能エネルギーの組み合わせのシステムを持つ建物の最適化(Fathi ほか、64巻、102134、2026年3月)
裏付け: キシュ島のホテル、PV・VAWT・OWCと水素貯蔵、EnergyPlus・OpenStudio・TRNSYS、NSGA-III、500枚・13基・35基、CO2年84.45トン・81%減、LPSP 0.179(Eq.4は時間の比)、472ユーロ/時、Table 3(375W・9.8kW・200kW・電解100kW 7bar・燃料電池60kW・タンク5立方メートル 7.1〜250bar)、要旨のlarge hotelとFig.2のDOE prototype small hotel(1万1,345.5平方メートル)、貯蔵で年間負荷の最大38%、冷房約47%、系統依存40〜50%から12%未満、PEMとアルカリの記述、防波堤、限界(実証なし・1地点・典型気象年) - 米国エネルギー省 建物エネルギー基準プログラム(英文) - 建物の原型のモデル
裏付け: 16種類の商業建物の原型のモデル、Small HotelとLarge Hotelは別の種類、EnergyPlusの入力ファイル - e-Gov法令検索 - 高圧ガス保安法
裏付け: 第2条1号(常用の温度でゲージ圧力1メガパスカル以上となる圧縮ガスで現に1メガパスカル以上のもの、または35度で1メガパスカル以上となる圧縮ガス) - 経済産業省 産業保安・安全グループ(内閣府 規制改革推進会議の資料) - 水素保安に係る取組について(2024年11月)
裏付け: 高圧ガスは1MPa(約10気圧)以上の圧縮ガス、製造から廃棄までのライフサイクルの規制、水素は1MPa以上の圧縮水素と液化水素が対象、燃料電池設備等での消費、水素の性質(拡散・着火・脆化)、最小着火エネルギー0.02mJ(メタン0.28mJ)、燃焼範囲4〜75%(メタン5〜15%) - 経済産業省 - 水素保安戦略の策定に係る検討会報告書(中間とりまとめ)(2023年3月13日)
裏付け: 韓国の水素法(2020年2月制定)、高圧ガス安全管理法で担保されない1MPa未満の低圧の水素燃料使用施設の安全確保の法的根拠、水電解設備等の低圧水素設備