GOAL 7 · TARGET 7.2 エネルギー・脱炭素 5分 / 3228文字 数字の持ち主を確かめる型 #465

「0.626ドル」は、誰の数字か:100戸の集落を太陽光と水素で動かす研究を、出典からたどる

電力網から離れた土地で、ディーゼル発電をやめ、太陽光と蓄電池と水素だけで電気をまかなえるか。オーストラリアの大学の研究者らが、西オーストラリア州の架空の集落を舞台に、その答えを計算した。元の記事は、この研究の結果として「1キロワット時0.626ドル」「電池だけなら2.68ドル」という数字を挙げていた。ところが論文を読むと、その数字は、論文が引用している別の研究のものだった。この記事では、数字の持ち主を確かめながら研究を読み、日本の離島の電気のしくみにつなげる。

研究のあらまし

持続可能性の学術誌「Sustainability」の12巻(2020年3月)に、マードック大学のDawood氏、Shafiullah氏、Anda氏の論文が載った。

  • 舞台は、西オーストラリア州の北西部にあると仮定した、電力網から離れた集落
  • 住宅100戸(400人)と、いくつかの小さな商業の建物や工場がある
  • 1日の電気の需要は2メガワット時、ピークは192キロワット
  • 燃料はタンクローリーで運ぶため、ディーゼル燃料は運搬と貯蔵の費用を含めて1リットル2ドルと仮定した
  • 日射や気温はNASAのデータを使い、エネルギーのソフト「HOMER Pro」で、25年間の費用を比べた

対象はホテルではなく集落だ。ただ、離島や山の中の宿が、自前で電気をまかなうことを考えるときの参考になる。

四つの案

論文は、今のやり方と、再生可能エネルギー100%の三つの案を比べた。

  • 今のやり方:200キロワットのディーゼル発電機2台。1台で需要に合わせ、もう1台は予備
  • 案1:太陽光1,708キロワットと、リチウムイオン電池1,700キロワット時
  • 案2:太陽光1,047キロワットと、水の電気分解の装置250キロワット、水素タンク300キログラム、燃料電池200キロワット
  • 案3:太陽光953キロワットと、電池300キロワット時、電気分解の装置250キロワット、水素タンク200キログラム、燃料電池100キロワット

案3は、電池を小さくして短い時間のピークを受け持たせ、水素の設備を、余った電気を最大限に使う土台の発電として働かせる組み合わせだ。

結果:一番安いのは、電池と水素の組み合わせ

論文の表1から、主な結果を並べる(金額は米ドル)。

  • 電気1キロワット時の費用(25年):今のやり方0.665、案1は0.394、案2は0.474、案3は0.342
  • 25年の正味現在費用:6.27百万、3.74百万、4.47百万、3.23百万
  • 初めの投資:0.20百万、2.96百万、2.53百万、2.30百万
  • 今のやり方は、CO2を年610トン出す

案3は、つくった再生可能エネルギーのうち使われずに捨てる割合が33%で、案1の74.9%より小さい。貯めた水素(平均177キログラム)で約80時間の電気をまかなえ、案1の16.3時間より長い。割り引いて計算した回収年数は6.01年だった。

論文は、案2について、水素で貯めると、電池だけの案1より、捨てる再生可能エネルギーを56%減らせるとしている。電気分解の装置が大きく、余った電気を多く水素に変えられるためだ。

「0.626ドル」と「2.68ドル」は、別の研究の数字

元の記事が挙げた「電池と水素の組み合わせなら1キロワット時0.626ドル、電池だけなら2.68ドル」「余った水素を使えば0.494ドル」は、この論文の表にはない。論文の導入部は、Kharel氏とShabani氏の2018年の研究を、南オーストラリア州の電力網につながる、大規模で長期の電池と水素の組み合わせを検討し、水素のほうが電池だけより費用で競えると示した研究として紹介している。

その研究は、エネルギーの学術誌「Energies」の11巻(2018年)に載った。要旨は、電池と水素の組み合わせを0.626ドル、電池だけを2.68ドル、余った水素も使う場合を0.494ドルとしている。ただし同じ論文の表3と結論の節では、電池だけの場合を2.54ドルとしている。集落の研究の数字(0.342ドルなど)と、電力網の研究の数字(0.626ドルなど)は、対象も前提も違うので、並べて比べることはできない。

論文の中の小さな食い違い

集落の論文の中にも、読み方に注意が要る箇所がある。案1の段落は、費用が今のやり方より「48.6%下がる」と書いている。一方、表の0.665ドルと0.394ドルから計算すると40.8%で、案3の段落も「案3は48.6%、電池だけは40.8%」と書いている。表の値に従えば、48.6%は案3の数字と読める。

論文は、水素の課題も挙げている。設備の初めの費用が高いこと、燃料電池を電気の揺れを抑える役に使うなら温めたまま動かし続ける必要があることだ。水の電気分解には、水素1キログラムあたり約10リットルの純水が要り、この計画では1日約356リットルになるという。

日本の宿に置き換えると

日本では、本土の電力網とつながっていない離島の電気について、電気事業法がしくみを定めている。

  • 第2条は、一般送配電事業者が、供給区域の離島などで一般の需要に応じて電気の供給を保障することを「離島等供給」と定めている
  • 第21条は、一般送配電事業者に、離島等供給の条件を約款で定めて届け出ることを求めている
  • 同条は、約款の料金の水準が、離島などを除く供給区域で小売電気事業者が売る電気の料金の水準と「同程度」であることを求めている

経済産業省は2023年5月19日、北海道、東北、東京、北陸、中国、沖縄の6社の一般送配電事業者から、第21条第1項に基づく離島等供給約款の変更の届出を受けたと発表した。

東京電力が2015年10月に電力・ガス取引監視等委員会に出した資料は、その費用の大きさを示している。

  • 対象は、大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島、青ヶ島、父島、母島の11島
  • 離島は発電所の規模が小さく、燃料もA重油を使うため、本土に比べて発電の費用が構造的に高くなる
  • 離島の発電と販売の費用は年75億円、離島の料金収入(託送料金に相当する分を除く)は年28億円
  • 差の47億円を、送配電網の利用料金(託送料金)の原価に入れ、1キロワット時あたり2銭の原価増になる
  • 規制料金の原価の燃料費のうち、A重油の年41億円は、離島の発電所で使うものだった

つまり離島の宿は、本土と同程度の料金で電気を買っており、離島の発電の高い費用の多くは、広い地域の利用者が少しずつ負担している。

InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)

離島にある宿が、1年に4万キロワット時の電気を使うとする。本土と同程度の料金として1キロワット時30円で買うと、年120万円になる。

  • 宿が自前の太陽光と蓄電池や水素で電気をまかなうなら、比べる相手は、この「1キロワット時30円」になる
  • 島の発電の本当の費用は、この料金より高いが、その差は宿の電気代には表れない
  • 4万キロワット時は、集落の研究の1日2メガワット時(1年730メガワット時)の約5.5%にあたる

自前の設備は、島全体の燃料の輸送を減らすという意味では大きな価値を持ちうる。一方で、宿の損益だけで見ると、本土並みの料金と比べることになる。どちらの物差しで判断するのかを、先に決めておきたい。

数字の持ち主を確かめる

集落の研究が示したのは、電池と水素を組み合わせると、電力網のない土地でも、ディーゼルより安く再生可能エネルギー100%の電気をまかなえる可能性だ。ただし、よく引用される「0.626ドル」は、別の研究の、電力網につながる大規模な計画の数字である。数字を見たら、どの論文の、どの対象の、どの条件の値かを確かめたい。そして日本の離島では、料金のしくみが、宿の判断の物差しを変える。

持ち帰れる知識

  • 電池は短い時間のピーク、水素は余った電気をためる土台、と役割を分けると費用が下がった
  • よく引用される数字が、引用先の別の研究のものであることがある
  • 日本の離島の電気は、本土と同程度の料金水準で供給される(電気事業法第21条)
  • 東京電力の11島の離島供給の費用は年47億円(2015年の資料)

宿で考えられること

  • 自前の発電を考えるときは、比べる相手の電気料金を先に確かめる
  • 捨てる電気の割合と、何時間の電気を貯められるかを、費用と並べて見る
  • 研究の数字を引くときは、元の論文までたどる
  • 島全体の燃料の輸送を減らす価値も、宿の損益とは別に考える

事業・予約への接続

太陽光と水素で動く島の宿は、客にとって魅力のある話題だ。数字は出典をたどって確かめ、島の電気のしくみと合わせて、わかりやすく伝えたい。

Sources / 参考情報

  • Sustainability(英文) - 再生可能エネルギー100%の独立型マイクログリッド:太陽光・電池・水素の組み合わせの事例研究(Dawood、Shafiullah、Anda、12巻、2047、2020年3月6日)
    裏付け: 西オーストラリア州北西部の架空の集落(100戸・400人)、1日2MWh・ピーク192kW、ディーゼル1リットル2ドル、HOMER Pro・NASAのデータ、表1(各案の機器の大きさ、COE 0.665/0.394/0.474/0.342、NPC、CAPEX)、610トン、余剰74.9%/35.2%/33%、177kg・80時間と16.3時間、割引回収6.01年、56%、48.6%と40.8%、Kharel and Shabani 2018の紹介、燃料電池の保温、純水10リットル/kg・1日356.3リットル
  • Energies(英文) - 再生可能エネルギーを支える長期・大規模のエネルギー貯蔵としての水素(Kharel、Shabani、11巻、2825、2018年)
    裏付け: 南オーストラリア州の電力網、電池と水素の組み合わせ0.626ドル/kWh、電池だけ2.68ドル/kWh、余った水素の活用で0.494ドル/kWh、表3と結論の節の2.54ドル
  • e-Gov法令検索 - 電気事業法
    裏付け: 第2条(離島等供給の定義)、第21条(離島等供給約款の届出、料金の水準が離島等を除く供給区域の小売供給の料金の水準と同程度)
  • 電力・ガス取引監視等委員会(東京電力の提出資料) - 離島供給費用について(2015年10月)
    裏付け: 11島、離島は発電所の規模が小さくA重油を使うため発電の費用が構造的に高い、離島発電・販売費75億円−離島料金収入28億円=47億円、託送料金原価に47億円/年・2銭/kWhの原価増、A重油41億円/年
  • 経済産業省 - 一般送配電事業者6社から離島等供給約款(6社)及び最終保障供給約款(1社)の変更届出を受理しました(2023年5月19日)
    裏付け: 北海道電力ネットワーク・東北電力ネットワーク・東京電力パワーグリッド・北陸電力送配電・中国電力ネットワーク・沖縄電力の6社から、法第21条第1項に基づく離島等供給約款の変更届出を受理

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