「二つの水質」は、2年後の論文で消えていた:東ジャカルタの5つ星ホテルの雨水の研究を、原稿と論文の違いと、沖縄の雨水の検査から読む
インドネシアの首都ジャカルタの東部にある、191室の5つ星ホテル。このホテルの屋根と壁から雨水を集める研究は、#234で月ごとの量を、#411で屋根の係数を取り上げた。
この記事では、同じ研究の二つの版を並べる。2023年に原稿として公開された版と、2025年に学術誌に載った版だ。題名にあった「二つの水質」という言葉は、2025年の版から消えている。
2023年の原稿:「二つの水質で使う」
2023年7月24日、論文の公開サイト SSRN に、インドネシア大学の研究者らの原稿が載った。題名は「屋根と壁で集め、二つの水質で使う雨水:インドネシアの5つ星ホテルの事例」。要旨は次のように書いている。
- ためた雨水は大腸菌群に汚染されていて、食品に使える水準には使えない
- ただし、トイレの洗浄、外の清掃、庭の水やりのような、低い水準の用途には使える
- 残りの雨水は、食品に使える水準まで処理する
- 集めた雨水を全部処理するより、処理の投資と運転の費用を節約できる
- 1年の水の節約は12%、投資と設置の費用は1億527万ルピア
キーワードにも「二つの水質」が入っている。
2025年の論文:「11.01%」と、膜(RO)の装置
2025年、ペリタ・ハラパン大学とインドネシア大学の研究者らが、国際的な環境科学の学術誌に論文を発表した。対象は同じ191室のホテルで、屋根と壁の排水から雨水をとって調べた点も同じだ。
違いは、次のとおりだ。
- 題名は「雨水の最適な利用 事例研究:インドネシアの5つ星ホテル」で、「二つの水質」の言葉がない
- キーワードは「水質」になった
- 1年の水の節約は、12%ではなく11.01%
- 投資と設置の費用1億527万ルピアの内訳には、毎時0.6立方メートルの膜(RO)の装置とポンプが入っている
論文は、大腸菌群が100ミリリットルあたり5万で、インドネシアのきれいな水の基準を超えたと書いている。そのうえで、用途に応じて、沈殿、ろ過、あるいは膜と消毒のような処理が必要だと述べている。ただ、トイレの水と食品の水を分けて処理する図や費用は、論文には見当たらない。
どちらの版を引くか
原稿は、学術誌の審査を経る前の版だ。数字も考え方も、審査の途中で変わることがある。元の記事は、12%と11.01%を「別の集計」として並べていたが、実際は同じ研究の、時期の違う版の数字だった。
引用するときは、どちらの版の数字か、を書き添えたい。この記事では、量と費用は2025年の論文に、「二つの水質」の考え方は2023年の原稿に、それぞれよっている。
日本の国の方針:「用途に応じた水質」
「二つの水質」の考え方は、日本の国の方針にも書かれている。
国土交通省の「雨水の利用の推進に関する基本方針」(平成27年3月10日、告示第311号)は、処理の施設は、集めた雨水を、利用の用途に応じて必要とされる水質に処理するものだとしている。処理は、スクリーンで落ち葉などの大きなごみを除く、沈殿やろ過で細かい土砂を除く、塩素消毒で菌を除く、といった段階を組み合わせて行い、簡易なものから高度なものまである。
国土交通省の「雨水の利用の推進に関するガイドライン」(令和7年3月改訂版)も同じ文を引き、処理の方式を決めるときは、用途に応じた水質の確保のほか、設置の費用や維持管理のしやすさも考える、と書いている。
沖縄の雨水の検査
ジャカルタと同じく雨の多い沖縄では、県が雨水の水質を実際に調べている。沖縄県の「雨水等の有効利用による災害時生活用水確保促進事業」の報告書(第3編)によると、県の環境科学センターの屋上(集水面積約1,520平方メートル)に4つの装置を置き、冬場に実験した。
- 雨水そのままの段階から、ろ過したものまで、降った直後の20の試料のすべてで、大腸菌群が評価の基準を超えた
- 1週間後も12の試料のすべてで、2週間後は12のうち9で超えた
- 降り始めの雨を捨てる装置は有効で、沈殿の槽でも時間とともに水質がよくなった
- 実験に使ったろ過の装置では、効果を確かめられなかった
県内で雨水の施設を持つ避難所26か所の調査では、大腸菌群が基準を超えたのは13か所(50%)、残留塩素が基準に届かなかったのは15か所(57.7%)だった。報告書は、消毒の設備はもちろん、ろ過の設備にも菌を減らす効果が確かめられたとし、施設の水質は維持管理の状態に大きく左右されるとまとめている。
ためた雨水に大腸菌群がいるのは、ジャカルタに限らない。だからこそ、どの用途に、どの段階まで処理するかを、先に決める必要がある。
日本の宿に置き換えると
日本の宿が雨水を使うなら、まず用途を決めることになる。トイレの洗浄や庭の水やりなら、国の方針のいう簡易な処理の組み合わせから考えられる。高い水準の水まで目指すと、膜の装置や、その交換の費用が加わる。ジャカルタの論文の見積もりでも、保守の費用1日15万8,000ルピアのうち、膜の部品が13万8,888ルピアを占めていた。
InnBuddyシミュレーション(以下はすべて仮定)
20室の宿で、1日の宿泊客を28人とする。屋根から、雨の多い時期に1日平均1.5立方メートルの雨水が集まるとする。
- トイレ:1人1日5回、1回6リットルで、1日840リットル
- 庭の水やりと外の清掃:1日300リットル
- 低い水準で足りる用途の合計:1日1,140リットル
A:集めた雨水を全部、高い水準まで処理する
- 高度な処理を通す量:1日1.5立方メートル
B:二つの水質で使う
- 1.14立方メートルは、トイレと外の用途に回す。処理は、ごみを除き、沈殿させ、ろ過し、塩素で消毒する段階まで
- 残りの0.36立方メートルだけを、ほかの用途のために高度な処理に回すか、使わずに流す
- 高度な処理を通す量は、多くても全体の24%
雨の少ない時期は、集まる雨水が1日1,140リットルを下回り、全部を低い水準の用途で使い切れる。高度な処理の装置は、使わない時期が長くなる。数字はすべて仮定だ。
版と用途を書き添える
東ジャカルタのホテルの研究は、2023年の原稿で「二つの水質」を示し、2025年の論文では量と費用を詳しく示した。引用するときは、どちらの版の話かを書き添えたい。
宿で雨水を使うときも、どの用途に使い、どこまで処理するかを最初に決める。それが、設備の大きさと費用を決める。
持ち帰れる知識
- 12%と11.01%は、同じ研究の、時期の違う版の数字
- 「二つの水質」は2023年の原稿の考え方で、2025年の論文の題名とキーワードからは消えている
- 日本の国の方針も、用途に応じた水質に処理し、費用と維持管理のしやすさも考えるとしている
- 沖縄の検査でも、ためた雨水の大腸菌群は基準を超えることが多く、維持管理が水質を左右した
宿で考えられること
- 雨水を使う用途を、先に決める
- 低い水準で足りる用途の量を見積もり、処理の段階を合わせる
- 降り始めの雨を捨てる装置と、消毒の点検を、日々の作業に組み込む
- 研究の数字を引くときは、原稿か論文かを確かめる
事業・予約への接続
雨水の使い道を「トイレと庭の水やり」のように具体的に示せば、客にも取引先にも分かりやすい。災害で断水したときの備えとして説明することもできる。
Sources / 参考情報
- International Journal of Environmental Sciences(英文) - 雨水の最適な利用 事例研究:インドネシアの5つ星ホテル(PDF)(2025年)
裏付け: ペリタ・ハラパン大学とインドネシア大学、191室、屋根と壁の排水から採水、2017年保健省規則32号と比較、大腸菌群5万CFU/100mL、沈殿・ろ過・膜と消毒など用途に応じた処理、1年の節約11.01%、投資と設置1億527万1,810ルピア(RO の装置とポンプ毎時0.6立方メートル・2,700万ルピアを含む)、保守1日15万8,000ルピア(膜の部品13万8,888ルピア)、キーワードは水質 - SSRN(英文) - 屋根と壁で集め、二つの水質で使う雨水:インドネシアの5つ星ホテルの事例(2023年7月24日公開)
裏付け: インドネシア大学ほか、ためた雨水は大腸菌群で食品の水準には使えない、トイレの洗浄・外の清掃・庭の水やりには使える、残りを食品の水準に処理、全部処理するより投資と運転の費用を節約、1年の節約12%、投資と設置1億527万ルピア、キーワードに二つの水質 - 国土交通省 - 雨水の利用の推進に関する基本方針(PDF)(平成27年3月10日、告示第311号)
裏付け: 処理施設は集水した雨水を用途に応じて必要とされる水質に処理する、スクリーン・沈殿やろ過・塩素消毒などを組み合わせる、簡易なものから高度なものまで、コストや維持管理のしやすさなどを考慮 - 国土交通省 - 雨水の利用の推進に関するガイドライン(PDF)(平成28年7月、令和7年3月改訂版)
裏付け: 処理方式の検討に当たっては、用途に応じた水質の確保のほか、施設の設置等に要するコストや維持管理のしやすさなどを考慮する - 沖縄県 - 雨水等の有効利用による災害時生活用水確保促進事業 事業実施報告書 第3編 雨水導入モデル仕様作成(PDF)
裏付け: 沖縄県環境科学センターの屋上約1,520平方メートルで4つの実験装置、冬場のみ、大腸菌群の基準超過は降雨直後20件中20件・1週間後12件中12件・2週間後12件中9件、初期雨水カットは有効、沈殿で水質が向上、実験のろ過設備では効果を確認できず、避難所26施設で大腸菌群の超過13件(50%)・残留塩素の超過15件(57.7%)、消毒とろ過に制菌効果、維持管理が非常に重要 - 沖縄県 - りっか!雨水利用(雨水等雑用水の利活用)
裏付け: 雨水等の有効利用による災害時生活用水確保促進事業、事業実施報告書(第1編〜第4編)の掲載、日常的な水を大切に使う社会と災害時の生活用水確保が目的