「やさしい日本語」とは何か
「やさしい日本語」。名前から、「ゆっくり話す日本語」「子ども向けの日本語」を想像するかもしれません。どちらも違います。これは、道具の名前です。災害の情報発信から生まれた、伝わるための道具です。
どこから来た言葉か
やさしい日本語は、震災の経験をきっかけに広がりました。災害のとき、難しい日本語の情報は、日本語が母語でない住民に届きにくい形がありました。届かない情報は、ないのと同じです。
そこから、「難しい日本語を、やさしい形に置き換える」方法が研究され、自治体の防災情報で使われるようになりました。いまは、行政の窓口、病院、職場、学校の言葉として広がっています。
宿の現場で使うときも、出発点は同じです。情報が届かないと、人は動けない。動けないと、仕事は回らず、安全も守れません。
定義:3つの原則
やさしい日本語は、3つの原則でできています。
1. やさしくする(難しい言葉を、日常の言葉に置き換える)
2. 短くする(1文に、情報を1つにする)
3. 分かりやすくする(構成、絵、写真、身ぶりを使う)
3つは、日本語が母語でない人のための配慮であると同時に、誰にでも効く形です。新人、忙しい人、耳が遠い人、子ども。やさしい日本語の職場は、情報が届く職場です。
置き換えの例
置き換えは、辞書があります(自治体や出入国在留管理庁の手引き、大学の教材)。現場でよく使う例を挙げます。
| 元の言葉 | やさしい形 |
|---|---|
| 速やかに移動してください | はやく 行って ください |
| 着用すること | 着て ください |
| 危険なので立ち入らないでください | あぶないです。入らないで ください |
| 在庫の処分を適宜行っておいて | 残った野菜は 冷蔵庫に 入れて ください。日付を 書いて ください |
| 本日の稼働は8割です | 今日の お客様は、部屋の8割です |
最後の行を見ると、やさしい日本語は情報を増やすことがわかります。「処分を適宜」は、何をどこまでするかが見えません。「冷蔵庫に入れて、日付を書く」は、動きが見えます。
動きが見える指示は、日本語が母語の人にも軽い形です。あなたの職場の指示を1つ、この表の右側に置き換えてみてください。
やさしい日本語「ではない」もの
誤解を3つ解いておきます。
誤解1:子ども言葉にする
「おててをあらおうね」の形ではありません。大人に、大人の内容を、分かりやすい形で渡します。敬語も使えます(「ご確認ください」→「見てください」は、失礼でなく明確です)。
誤解2:外国人だけに向ける
貼り紙を「外国人向け」と「日本人向け」に分ける必要はありません。1枚を、やさしい形で書くと、両方に届きます。分けた瞬間に、「あの人たち用のもの」の線が引かれます。
誤解3:永久にその形で話す
人の日本語は、働くと伸びます。伸びた人に、いつまでも同じ形のやさしさで話すと、成長を止める形になります。やさしい日本語は「入口の形」で、永久に同じ形とは限りません。本人の言葉が伸びたら、形も合わせて変えます。
現場で使う3つの場所
場所1:口頭の指示
『日本語が母語でないスタッフへの指示の出し方』の形(番号、動詞を先に、1度やって見せる)は、そのままやさしい日本語の実践です。指示が3行を超えるなら、分けます。
場所2:貼り紙とマニュアル
- 1文1行
- 難しい漢語を置き換える(上の表)
- 写真・絵・記号を添える
- 数字は半角(1、2、3)で、単位を付ける(時、分、個、枚)
場所3:緊急時の言葉
火事、地震、怪我。緊急のときほど、短い言葉が効きます。
- 「火事です。外に 逃げてください」
- 「119に 電話を しました。消防車が 来ます」
- 「けがを しましたか。見せて ください」
緊急の文は、普段から練習しておくと口から出ます。防災の訓練のときに、やさしい形も1度言うと、チームの共通の言葉になります。
チームで揃えると効く
やさしい日本語は、1人が使うより、チームで同じ形にしたときに効きます。
- 指示の型をチームで決める
- マニュアルの言葉のルールを決める
- 置き換えの表を休憩室に貼る
揃うと、新しい人が入ったときに教える形が1つになります。教える人が変わっても、言葉の形が変わりません。形が1つの仕事場は、誰が入っても軽い形です。
日常の業務の中で意識したいこと
明日、職場で言う指示を1つ思い出して、3行のやさしい形に書き換えてみてください。
書き換えのチェックは3つです。
- 1文は短いか(1行に1つか)
- 難しい漢語はないか(置き換えられるか)
- 動きが見えるか(何をするかが分かるか)
3つを通った指示は、日本語が母語でない人にも、新人にも、忙しい日の自分にも届きます。1枚の付箋に書いて渡すと、口の指示より1段軽く届きます。
書き換えが思いつかない言葉があれば、自治体の「やさしい日本語」の手引きを1度検索してみてください。置き換えの辞書が、無料で見られます。