人事施策の棚卸しのやり方
「制度や研修を増やしすぎて、現場も人事も管理しきれなくなっている」「何年も前に作ったルールが形骸化したまま残っている」。宿泊業の現場において、新しい施策を次々と足し算した結果、複雑になりすぎて誰も使いこなせない状態に陥ることがあります。本当に必要な施策に絞り込み、現場の呼吸を取り戻すには「棚卸し(引き算)」の作業が欠かせません。この記事では、人事施策の棚卸しの手順と判断の軸を整理します。
なぜ人事施策は「足し算」ばかりになるのか
宿の経営者や人事担当者は、人手不足や離職といった課題に直面するたび、「新しい研修をやろう」「評価制度に新項目を加えよう」「引継ぎアプリを入れよう」と前向きに対策を打ち出します。
しかし、新しく導入した施策に対して、「以前からある古いルールを整理して廃止する」という作業は後回しにされがちです。
その結果、現場のスタッフには「毎日の日報」「月間の振り返りシート」「アプリの打刻確認」「提出義務のあるチェックリスト」など、無数の管理書類が降り積もり、本来のお客様と向き合う時間が削られていきます。
施策を増やすこと以上に、不要になった仕組みを勇気を持って手放すことこそが、現場を救う人事の大切な役割です。
棚卸しの判断を支える3つの基準
自館の人事制度やルールを見直す際、次の3つの基準で点検することが有効です。
- 現場の負担感(時間と手間のコスト)——その制度の運用や入力のために、現場スタッフがどれくらいの時間を費やしているかを測ります。
- 現場での実感と活用度(形骸化していないか)——現場リーダーや若手が「この仕組みのおかげで助かっている」と感じているか、それとも「言われたから仕方なく埋めているだけ」かを確認します。
- 宿の経営戦略との整合性(今の目的に合っているか)——数年前に導入された施策が、現在の宿のおもてなし方針や人員体制と本当に合致しているかを問い直します。
この3つの基準に照らすことで、「残すべき施策」と「やめるべき施策」が明確に見えてきます。
棚卸しを進める3段階の手順
現場を巻き込みながら無理なく棚卸しを進める手順は次の3段階です。
- ステップ1:現在動いている「人の施策・ルール」を1覧として書き出す——研修、評価、面談、日報、提出書類、表彰制度など、日常のあらゆる決まりごとを1枚の紙にリスト化します。
- ステップ2:「継続・改善・廃止」の3つに仕分ける——現場リーダーと1緒にリストを眺め、「効果が出ているものは継続」「運用の重いものは簡素化(改善)」「形骸化しているものは勇気を持って廃止」へと分類します。
- ステップ3:廃止の理由を明確にして全館に宣言する——「現場がおもてなしに集中できるよう、この日報を廃止します」と経営陣から前向きにアナウンスし、現場に安心感を届けます。
引き算を恐れない姿勢が、現場の信頼と活力を取り戻す契機になります。
アプローチの違いによる2つの事例
棚卸しへの取り組みによって、現場の業務環境はどのように変わるでしょうか(※現場で実際に見られる対照的なケースの比較です)。
- A館(制度を重ね続けた宿)——毎年のように新しい評価制度や提出書類を追加し、書類のファイルが何十冊にも膨れ上がりました。現場スタッフは日々の接客の合間に書類作成に追われ、「お客様を見る時間よりパソコンを見る時間の方が長い」と不満を爆発させました。重要度の低い管理に忙殺された結果、サービスの質が低下し、退職者が相次ぎました。
- B館(定期的な引き算を徹底した宿)——年に1度、支配人と人事が「人事施策の断捨離ミーティング」を開きました。使われていなかった3つのチェックリストを廃止し、日報を短時間の口頭申し送りに1本化しました。現場からは「業務が軽くなり、仕込みや接客に集中できるようになった」と喜ばれ、浮いた時間を若手スタッフへの丁寧なOJTに充てることができました。
差は、「施策を増やすことばかりに熱心だったか」、「定期的に引き算して現場の余白を守ったか」にあります。
現場を見つめ直すための4つの問い
- あなたの宿には、誰も真剣に見ていないのに続いている提出物はありませんか。
- あなたは新制度を導入するとき、既存の古いルールを整理できていますか。
- 現場のスタッフは、日々の管理手続きに疲弊していませんか。
- 経営陣と人事は、「不要な仕組みをやめる勇気」を持てていますか。
最初の1歩としての小さな実践
自館で現場に提出を求めている日報やチェック表を1つ手に取り、「これは本当に今も役に立っているか」を現場スタッフに率直に尋ねてみてください。
- 1つの不要な手続きを手放すことが、現場に心地よい風を吹き込むきっかけになることもあります。
- 現場の余白を守る引き算の知恵が、あなたの宿の持続的なおもてなしを支える確かな力になります。
あなたの宿の現場には、手放すことで生まれる豊かな時間が待っています。