Human Capital / HRBP人的資本経営
KNOWLEDGE対象: 経営者・支配人

人的資本経営とは何か・宿泊業での考え方

人は「コスト」だけではなく、宿のサービス、ブランド、顧客体験をつくる力でもある。人的資本経営は、この両方を同時に見ようとする考え方です。特別な経営手法ではありません。


人件費は費用、人は力

損益計算書の上で、人件費は費用です。これは事実で、覆せません。売上が決まっていて人件費が膨らめば、利益は薄くなります。

同時に、宿のサービスをつくっているのも人です。お風呂の温度がちょうどいいこと。料理が出るタイミングが合いすぎないこと。チェックインの3分間が旅の第1印象を決めてしまうこと。これらは設備やマニュアルだけでは成立しにくく、その日そこにいる人の手と判断に依存します。

人的資本経営は、この2つを切り離さずに見る考え方です。「費用としての側面」と「力としての側面」を同じ机の上に並べる。それだけの話です。


混同されやすいもの

人的資本 ≠ 人件費

人件費はその月に支払った金額、人的資本はその宿に蓄積されている力です。同じ人件費を払っていても、蓄積されている力は宿によってまったく違います。

十年働いている料理長がいる宿と、3年ごとに入れ替わる宿。人件費の総額が同じでも、前者には「この土地の食材をどう扱うか」という知識が溜まっています。帳簿には載りませんが、宿の価値の1部です。

人的資本経営 ≠ 人を大切にすること

ここは、はっきりさせておきたいところです。人を大切にすれば、利益が増えるとは限りません。 丁寧に接して、無理をさせず、休みを十分に与えても、それだけでは経営は回りません。

人的資本経営が扱うのはその先です。大切にした結果が、どうサービスに変わり、どう経営につながったのかを確認するところまでを含めて人的資本経営です。確認せずに「うちは人を大切にしている」と言うのは、経営というより心情に近いものです。

人的資本経営 ≠ 大企業だけの話

開示の義務があるのは1定規模以上の企業ですが、考え方は規模を選びません。5人の旅館でも、人の力がどう蓄積され、どう使われ、どう失われているかは問えます。


循環として見る

人的資本は、1直線ではなく循環していると考えられます。

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採用 → 育成 → 活躍 → 定着 → 能力の蓄積 → サービス品質 → 経営

↑ │

└────────────────────────────────────────────────────────────┘

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この循環は、どこか1か所が止まると全体が止まりやすくなります。

  • 採用で入った人が、育成されないまま現場に出される
  • 育成されないと活躍しにくく、活躍できないと定着しない
  • 定着しないと能力が蓄積されず、サービス品質が安定しない
  • 安定しないと経営が忙しくなり、採用と育成に時間が取れなくなる

「いつも人が足りない」という状態が続くとき、起きているのはこのループです。そして多くの宿は、ループの入り口(採用)だけを塞ごうとします。


宿泊業で、この循環はどこで止まりやすいか

育成 — 最もよく聞くのが「教える時間がない」です。繁忙期は現場が回りきらず、閑散期は修繕や集客で忙しく、新人は見て覚えることになります。それ自体は悪いことではありませんが、見る対象が同じ1人だと、その人が休んだ日に仕事が止まることがあります。

定着 — 辞める理由は、退職届に書かれた文言とは限りません。「家庭の事情」と書かれていても、実際は3ヶ月前から休憩が取れていなかった、ということもあります。定着が止まると蓄積が止まり、残った人の負担が増えます。離職は残った人にも影響します。

活躍 — 人はいるのに、その人ができることが使われていない状態です。語学ができるのに予約電話だけに配置されている。IT に詳しいのに、紙のシフト表を手書きで回している。採用した力が配置で眠っているケースは少なくないようで、人件費の面でもったいないと同時に、本人にとっても意味を見失う場所になり得ます。

あなたの宿では、この3つのうち、どこが気になりますか。


経営会議で使える3つの問い

人的資本経営を「導入」する必要はありません。次の3つを、経営の話の中で普通に聞けるようになれば十分だと考えられます。

1. 今期、誰が、何をできるようになったか — 売上や稼働率と同じ粒度で人の成長を話題にできるか。答えにくいなら、蓄積が見えていないサインです。

2. 辞めた人の仕事は、いま誰がやっているか — 誰か1人に寄っているなら、次の離職の場所がそこである可能性があります。

3. 来年、この宿で困りそうなのは誰か — 「あの人がいないと回らない」が複数あるなら、それは人の力の偏りです。偏りは繁忙期に表面化しやすいものです。


数字がなくても、できる

人的資本経営というと、KPI やダッシュボードを思い浮かべがちです。しかし小さな宿で必要なのは、数値化よりも言語化のほうです。

「うちは人が育たない」ではなく、「3年目のフロントが、宴会の段取りを1人では組めない」。ここまで言えれば、打つ手はおのずと決まってきます。数字は、そのあとからついてくることが多いものです。


今日、できる1つのこと

「この人がいなくなったら困る仕事」を、宿の中で3つ書き出してみてください。 それぞれについて「代われる人がいるか」を隣に書きます。空欄の行が、いま人の力が薄くなっている場所です。

空欄が1つもなければ、それは蓄積がうまく回っているサインです。その状態をどうやって保つかを考え始める、よい機会になります。



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