経営層と人事のコミュニケーション
「経営陣に提案しても、なかなか反応が鈍い」「現場の苦しさを分かってもらえない」。そう悩む人事担当者は少なくありません。しかし、すれ違いの原因は経営陣の無理解だけではなく、コミュニケーションの「言語と視座」のズレにあることもあります。この記事では、経営層と人事の対話を噛み合わせるための実践的なポイントを整理します。
なぜ経営層と人事はすれ違うのか
宿泊業において、経営層と人事部門の間には、しばしば目に見えない溝が存在します。
人事は「現場のスタッフが疲弊しているから人を増やしてほしい」「もっと労働環境を改善すべきだ」と訴えます。1方で経営陣は「今期の収益計画をどう達成するのか」「人件費率が上がれば宿の資金繰りが厳しくなる」と考えます。
どちらも宿のことを真剣に考えているにもかかわらず、議論が噛み合わないのは、見ている景色と言語が根本から異なっているからです。
経営層との対話を成立させるには、人事が経営の視座を理解し、現場の実態を経営の言葉へと翻訳して届ける姿勢が求められます。
すれ違いを生む3つのギャップ
経営層と人事の間で生じやすいギャップには、主に次の3つがあります。
- 視座の違い(全体最適か、個別ケアか)——経営陣は全館の収支バランスや将来の投資余力を俯瞰して見ています。人事は目の前の離職や不満に目を奪われがちで、全体像を見失ってしまうことがあります。
- 時間軸の違い(中長期の構想か、日々の火消しか)——経営陣は1年後や3年後の宿の存続を見据えているのに対し、人事は「明日のシフトが埋まらない」という直近の課題に追われ、中長期の議論を後回しにしがちです。
- 言語の違い(財務の言葉か、感情の言葉か)——経営陣は売上、利益率、客単価といった数字で判断します。「現場が大変です」「みんな頑張っています」という感情の訴えだけでは、意思決定の材料になりにくいのです。
この3つのギャップを埋める工夫を重ねることで、人事の提案は格段に通りやすくなります。
経営層との対話を深める3つのアプローチ
経営陣と対等に議論し、信頼されるパートナーになるための具体的なアプローチは次の3つです。
- アプローチ1:事前の対話と背景の共有——いきなり経営会議の場で重い議案を出すのではなく、事前に支配人や社長と立ち話や短時間の面談を持ち、「現場でこんな兆候が見られます」と少しずつ背景を伝えておきます。
- アプローチ2:数字と現場のストーリーを往復する——「離職率が0%」というデータを示すだけでなく、「その背景に特定部署の業務過密があり、手順を1つ見直すことで残業代を年間00万円抑えられる見込みです」と、数字と物語を結びつけて提示します。
- アプローチ3:経営者の「最大の関心事」に寄り添う——経営者がいま最も頭を悩ませている経営課題(新客室の稼働率、食材原価の高騰など)を把握し、「それを人の面からどう後押しできるか」という切り口から会話を始めます。
経営者の関心事に寄り添う姿勢を示すことで、相手もこちらの話に耳を傾けてくれるようになります。
組織の姿勢が分かれた2つの事例
コミュニケーションのあり方によって、経営陣との関係性はどのように変わるでしょうか(※宿泊現場の実情を踏まえたケーススタディです)。
- A館(平行線をたどった人事)——人事担当者は毎月のように「現場が人手不足で倒れそうです。もっと採用にお金をかけてください」と直訴していました。経営者は「ない袖は振れない」と突っぱね、次第に人事の報告を疎ましく思うようになりました。結果として現場の環境は改善されず、退職者が後を絶ちませんでした。
- B館(経営の視点で語った人事)——人事担当者は、社長が気にしていた「リピート顧客の減少」に着目しました。現場のアンケートとシフトを照らし合わせ、「夕食時間帯の配膳遅れが評価を落としている」と突き止めました。その上で、「短時間パートの配置調整で配膳の詰まりを解消し、顧客満足を取り戻す」という具体策を提示しました。社長は「よく調べてくれた」と快諾し、人事を経営の相談相手として頼るようになりました。
差は、「現場の要求をそのままぶつけたか」、「経営の関心事と現場の改善を1致させたか」にあります。
自館で確認しておきたい4つのポイント
- あなたは経営者が今もっとも何を心配しているか、その関心事を把握していますか。
- あなたの提案は、「大変だから助けてほしい」という感情論にとどまっていませんか。
- 現場の日常の様子を、経営陣が理解しやすい数字や事例に翻訳できていますか。
- 会議の場だけでなく、日常の中で経営層と雑談を交わす関係をつくれていますか。
今週から現場で試せるアプローチ
経営陣(社長や支配人)が最近の朝礼や会議で口にした「気になる言葉や関心事」を1つメモし、それが現場の人や組織の課題とどう関連しているかを考えてみてください。
- 相手の関心事を起点に対話を組み立てることが、経営層との確かな信頼関係を築く鍵になります。
- 経営と現場を言葉でつなぐあなたの努力が、宿の組織を健やかに前進させる力になります。
あなたの対話の工夫が、経営の意志と現場の力を1つに結びつけます。