Human Capital / HRBP人事と経営会議
FIELD SIGNAL対象: 人事担当者

経営層の人的資本への理解がずれているとき

「経営陣が『これからは人的資本経営だ』と言い始めたが、中身は単なるスローガンに見える」「開示の数字ばかり気にして現場の改善には興味を示さない」。人的資本という言葉が広まる1方で、経営層の理解と現場の実態との間に違和感を抱く人事担当者は少なくありません。この記事では、経営層の理解のズレに気づいたときの観察の着眼点と、対話を通じて認識をすり合わせる道筋を整理します。


現場で見られる3つの兆候

経営層における人的資本の捉え方が現場の実態と乖離しているとき、組織内には次のような兆候が見られる傾向があります。

  • 流行語としての消費——朝礼や年頭所感で「人的資本経営の推進」と声高に宣言されるものの、日々の具体的な施策は従来と変わらず、現場の負担軽減や待遇改善には手がつけられない状態です。
  • 対外的な開示や体裁への偏重——「他社に見劣りしない数値を並べたい」「採用サイトの見栄えを良くしたい」という外向けの動機が先行し、現場スタッフの生の声や職場環境の改善が置き去りにされる様子です。
  • 生産性向上とコスト削減の混同——「人的資本経営とは、1人あたりの業務量を増やして人件費を抑えることだ」と誤解され、現場がさらに過密な労働を強いられてしまうケースです。

これらの兆候に直面したとき、人事が経営陣を1方的に批判しても状況は好転しません。なぜそのようなズレが生じているのか、その背景に目を向ける必要があります。

なぜ経営層の理解にズレが生じるのか

経営層の認識がずれてしまう背景には、悪気があるわけではなく、主に次の構造的な要因が存在します。

外部のセミナーや報道で「人的資本経営」という言葉に触れた経営者は、「自館も取り残されてはならない」という焦燥感を抱きがちです。しかし、そこで語られる事例の大半は大企業の開示事例や抽象的な理念論であり、宿泊業のような日々の現場オペレーションとどう結びつくのかが具体的に描かれていません。

結果として、経営者は「何をすれば現場のためになり、宿の利益につながるのか」という実践の道筋が分からないまま、手探りで言葉だけを先行させてしまうことがあります。

人事に求められるのは、経営者の焦りや迷いを汲み取りながら、「うちの宿における人的資本とは何か」を共に定義し直す伴走の姿勢です。

対話を深めるための3つの糸口

経営層との認識のギャップを埋め、地に足の着いた取り組みへと引き戻すためには、次の3つのアプローチが有効です。

  • 糸口1:宿の「固有のおもてなし」に引き戻す——大企業のフレームワークをそのまま持ち込むのではなく、「うちの旅館で代々受け継がれてきた、お客様に喜ばれる接客の強み」を人の側面から言語化して経営陣に提示します。
  • 糸口2:数字の裏にある「現場の事実」を1つ届ける——「離職率の推移」という抽象論ではなく、「厨房の仕込み時間で若手がどんな点にやりがいを感じ、どこで立ち止まっているか」という具体的な現場の観察記録を対話の場に持ち込みます。
  • 糸口3:小さな改善の成功体験を共有する——「特定の引継ぎ手順を改めたことで、現場の残業が減りスタッフの笑顔が増えた」という小さな好循環を経営陣に見せ、人への配慮が事業に実を結ぶ手応えを共有します。

大きな議論を戦わせるよりも、身近な事実の共有を重ねていくことが、経営陣の理解を深める近道となります。

組織の姿勢が分かれた2つの事例

理解のズレへの向き合い方によって、宿の組織はどのように変化するでしょうか(※宿泊現場の実情を踏まえたケーススタディです)。

  • A館(経営陣の言葉に反発した宿)——経営者が「人的資本経営の導入」を掲げた際、人事担当者は「現場はそれどころではない」「きれいごとを言わないでほしい」と正面から反発しました。経営者は態度を硬化させ、外部コンサルタントを雇って現場の実態に合わない制度を1方的に導入しました。現場と経営の溝は決定的なものとなり、組織の崩壊が進みました。
  • B館(対話を通じて言葉に命を吹き込んだ宿)——社長が人的資本という言葉を使い始めたとき、担当者は「社長が人の大切さに目を向けてくれた絶好の機会だ」と捉えました。「社長のおっしゃる人的資本を、この宿では『清掃スタッフの丁寧な手仕事を守ること』から始めませんか」と提案しました。社長も納得し、清掃用具の改善や休憩時間の拡充がスムーズに決定しました。言葉が現場の力に変わった好例です。

差は、「経営者の言葉の表面を否定したか」、「その問題意識を現場の具体的な改善へと引き寄せたか」にあります。

自館で確認しておきたい4つのポイント

  • あなたの宿の経営層が語る人的資本の言葉に、現場との違和感を覚えていませんか。
  • あなたは経営者の発言の背景にある「宿を良くしたいという焦りや願い」に目を向けられていますか。
  • あなたの宿における人的資本とは何かを、自館の言葉で語り直せていますか。
  • 経営層に対して、現場のリアルな息づかいを伝える小さな対話の機会を持てていますか。

今週から現場で試せるアプローチ

経営者が最近口にした「人的資本」や「組織改善」に関する言葉を1つメモし、「うちの宿の日常業務に当てはめると、具体的にどんな行動を指すだろうか」と考えてみてください。

  • 経営者の抽象的な言葉を現場の行動に翻訳することが、認識のズレを埋める確かな第1歩になることもあります。
  • 経営と現場の間に立ち、想いをつなぎ直すあなたの姿勢が、宿をより健やかで温かい場所へと導きます。

あなたの宿の対話は、1つの言葉を丁寧に紐解くことから始まります。



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