Human Capital / HRBPHRBPとは
INSIGHT対象: 経営者・支配人

HRBPは部門ではなく視点である

「うちのような小さな宿には、HRBPという専門の部門を置く余裕はない」「専任の担当者を雇えなければ、HRBPの取り組みはできないのだろうか」。そう考える経営者は少なくありません。しかし、HRBPの本質は組織図の中の新しい部署や肩書きではなく、「事業と人を同時に見つめる思考の視点(メガネ)」そのものです。この記事では、部門という枠組みを越えて宿のスタッフ皆が持ちうるHRBPの視座を探ります。


組織図の「箱」にとらわれる錯覚

「これからは人的資本経営だ」「HRBPを導入しよう」という声を聞くと、多くの経営者はまず「組織図のどこにHRBP部門を配置するか」「誰をその役職に任命するか」という形式から考え始めてしまいます。

しかし、大企業のように「HRBP室」という新しい看板を掲げたとしても、中身が伴わなければ意味を持ちません。かえって「人の問題はHRBP室の仕事だから現場は関係ない」という新たな縦割りの壁を生み出してしまうことさえあります。

HRBPとは、特定のポストの特権ではありません。

経営者が売上を見るときに現場の疲弊を同時に思い浮かべること。支配人が予約状況を見ながら夜勤スタッフの睡眠時間を心配すること。料理長が新しい献立を考える際に若手の仕込み負担を計算すること。これら「事業の成果と人の健やかさを1本の線で結んで捉える視座」そのものが、HRBPの正体です。

HRBPという視点が持つ3つの特徴

この視点を持つことによって、日々の経営判断は次のように深まります。

  • 事業と人を「同時に」凝視する——売上目標と人員体制、顧客満足とスタッフの安心を2者択1にせず、「どうすれば両立できるか」を粘り強く模索します。
  • 部署と立場の境界を溶かす——「それはフロントの問題」「それは調理場の管轄」と線を引くのではなく、宿全体を1続きの生態系として捉え、部署間の隙間に目を向けます。
  • 安易な対症療法を疑い、構造を問う——人が辞めたときに「採用を急ごう」と反射的に動くのではなく、「なぜ辞める必要があったのか」「どんな仕組みの歪みが人を追い詰めたのか」という本質的な問いを立てます。

この複眼的な視点があるだけで、宿の課題解決の精度は飛躍的に高まります。

視点を欠いた「部門化」の弊害

形式だけを真似て「HRBP部門」を新設した場合、次のような弊害が生じやすいです。

  • 現場からの責任転嫁——現場リーダーが「スタッフの定着や人間関係はHRBPが何とかすべきだ」と考えるようになり、現場自身がチームを育てる主体性を手放してしまいます。
  • 経営からの孤立——新設された担当者が経営陣の意思決定に深く関与できず、結局は従来の総務労務と同じような事務手続きに忙殺されてしまいます。

形を整えることよりも、経営者や支配人自身がまずこの視座を獲得することの方が、はるかに重要です。

対応の差が生んだ2つの現場

視座の持ち方によって、宿の組織力はどのように異なるでしょうか(※現場で実際に見られる対照的なケースの比較です)。

  • A館(看板だけ掲げたホテル)——経営陣は「HRBP担当」という役職を新設し、若手社員を任命しました。しかし、支配人は相変わらず数字の達成だけを求め、HRBP担当の提案には耳を貸しませんでした。現場リーダーも「机上の空論ばかり言う部署」と敬遠し、担当者は孤立無援のまま1年で退職しました。看板はあっても、視点が共有されていなかった好例です。
  • B館(皆が視点を共有した旅館)——専任のHRBPを置く余裕のない十数名の老舗旅館でした。しかし、女将と支配人は毎朝の打ち合わせで「昨夜の客室稼働とお食事の評判はどうだったか、そしてスタッフの体調と表情はどうだったか」を欠かさずセットで確認し合いました。料理長も「新人が包丁の扱いに慣れてきたから、来月は新しい8寸に挑戦させよう」と、事業と育成を重ねて考えました。専任の担当者は1人もいませんでしたが、館全体にHRBPの視点が息づいていました。

差は、「組織図に新しい箱を作ったか」、「日々の営みの中に複眼的な視座を宿したか」にあります。

現場の状況を捉え直す4つの問い

  • あなたの宿では、売上の数字とスタッフの健康状態を同時に見つめられていますか。
  • 人の問題を、特定の人事担当者や総務だけに丸投げしていませんか。
  • あなたは問題が起きたとき、対症療法だけでなく仕組みの背景を疑えていますか。
  • あなたの宿のリーダーたちは、「事業と人を結ぶ視点」を共有できていますか。

今日、メモに残しておきたいチェック点

今日見る予定の売上伝票や予約表を手に取り、「この数字を支えている現場スタッフの表情」を静かに思い浮かべてみてください。

  • 数字の向こう側にいる人の息づかいを感じ取ることこそが、HRBPという確かな視点を手に入れる第1歩になることもあります。
  • 人と事業を1つの命として見つめる経営姿勢が、あなたの宿を世代交代を経ても安定した経営を維持できる宿へと育てます。

HRBPの視座は、あなたの温かな眼差しの中に宿っています。



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