Management / 経営経営戦略
TEAM対象: 経営者・支配人

宿の経営と人の経営

「建物を維持し、資金を回す『事業の経営』で手1杯で、現場の『人の経営』にまで手が回らない」「宿の経営とは、突き詰めると何を守り育てることなのだろうか」。旅館やホテルの舵取りを担う経営者や支配人から、このような深い内省の声が聞かれることがあります。土地や建物、借入金の返済といった「ハードと財務の管理」に追われるあまり、そこで働くチームの心や人間関係という「ソフトの営み」をおろそかにしてしまうと、どれほど立派な施設であっても命が吹き込まれず、衰退に向かってしまうことがあります。この記事では、チーム運営の視点から、「宿の経営」と「人の経営」を1つに重ね合わせる道筋を事例と共に整理します。


宿泊業における「2つの経営」の乖離

旅館やホテルの経営には、大きく分けて2つの側面が存在します。

  • 宿の経営(ハード・財務・事業の側面)——客室の稼働率、売上高、資金繰り、金融機関との折衝、建物の修繕、OTAの管理など、事業を物質的・経済的に存続させるための活動です。
  • 人の経営(ソフト・関係性・組織の側面)——スタッフの採用と育成、チーム内の助け合い、理念の共有、働きやすさとWell-being、日々の労いなど、現場の人間関係と誇りを育むための活動です。

多くの宿で問題となるのは、経営者が「宿の経営」だけに没頭し、「人の経営」を現場リーダーや総務に丸投げしてしまうことです。

その結果、「数字は管理されているが、現場の心は冷え切っている」という深刻な組織の空洞化が生じます。

「人の経営」が先にあるからこそ「宿の経営」が成り立つ

宿泊業の本質を見つめ直したとき、この2つの関係性は対等ではなく、明確な順序が存在します。

それは、「人の経営が健全に行われているからこそ、宿の経営が初めて実を結ぶ」という順序です。

どれほど最新の予約システムを導入し、数億円をかけて露天風呂付き客室を増築しても、現場のチームがバラバラで、スタッフが疲れ切っていれば、お客様に届くのは「冷たい箱」にすぎません。

お客様が宿に滞在して心から感動し、「また来たい」と願うのは、スタッフが互いに連携し合い、誇りを持って笑顔でおもてなしをしてくれた瞬間です。

つまり、「人の経営」こそが宿の付加価値を生み出す根源であり、「宿の経営(財務成果)」はその結果として後からついてくる果実にすぎません。

2つの経営を重ね合わせる「チームづくりの3原則」

宿の経営と人の経営を乖離させず、1体のものとして進めるために、経営陣が大切にしたいアプローチは以下の3つです。

  • 原則1:財務の課題をチームの「共通目標」に翻訳する——「売上を伸ばせ」と命令するのではなく、「お客様に選ばれ、皆の待遇を良くするために、今月は料理の魅力をどう伝えようか」とチームの言葉に言い換える。
  • 原則2:現場の工夫と努力を「経営の成果」として讃える——配膳動線の短縮や食材ロスの削減など、現場チームが知恵を出してくれた成果を経営会議で正式に共有し、目に見える形で還元する。
  • 原則3:経営陣が「チームの1員」として現場に立つ——支配人や経営者が事務所に閉じこもるのではなく、繁忙時には自ら皿を洗い、布団敷きを手伝い、現場の汗と痛みを分かち合う。

アプローチの違いによる2つの事例

2つの経営への向き合い方によって、宿の未来はどう分かれたでしょうか(※現場で実際に見られる対照的なケースの比較です)。

  • A館(ハードの経営に終始した宿)——経営者は金融機関からの融資を取り付け、最新設備の導入や広告宣伝に注力しました。しかし現場チームとの対話は1切持たず、人件費とシフトを厳しく締め付けました。スタッフは疲弊して次々と辞め、残された新人がマニュアル通りに動くだけの無機質な宿になりました。リピーターが激減し、巨額の設備投資を回収できずに経営危機に陥りました。
  • B館(人の経営を土台にハードを活かした宿)——経営者は「宿の命はスタッフの結束にある」と信じ、毎日のチームミーティングを大切にしました。スタッフ1人ひとりの得意分野を活かした役割分担を行い、皆が助け合える温かい職場を築きました。古い建物でしたが、スタッフの温かなおもてなしと手作りの観光案内が大人気となり、連日満室が続きました。得られた利益で少しずつ建物を修繕し、創業以来の最高益を更新し続けています。

宿の経営とは、建物を動かすことではなく、人の心を動かすことです。

現場を見つめ直すための4つの問い

  • あなたの宿では、財務や設備の管理と同じ情熱で「現場のチームづくり」が行われていますか。
  • 経営陣の関心が「目先の数字」ばかりに向き、現場スタッフの心や表情を見落としていませんか。
  • 宿の経営目標や課題が、現場チームにとって「自分たちの挑戦」として受け止められていますか。
  • あなたは経営者として、現場のスタッフと同じ船に乗る仲間としての信頼を結べていますか。

今日から始められる最初のアクション

現場のチームが集まる朝礼や引き継ぎの場に立ち寄り、「いつも宿を支えてくれて本当にありがとう」と、心からの感謝を伝えてみてください。

  • 経営者からの温かな1言が、チームの心に誇りと活力を灯すきっかけになることもあります。
  • 宿の経営と人の経営を1つに調和させる姿勢が、あなたの宿をスタッフの定着と顧客満足度が高まる温かい場所へと育てます。

あなたの宿の真の力は、共に働く人々の結びつきの中に宿っています。



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