経営戦略と人の戦略をどう揃えるか
「高単価化やインバウンド対応など素晴らしい経営戦略を掲げたが、現場がついてこない」「事業計画と採用や育成がバラバラに動いていて成果が出ない」。宿泊業の経営において、事業の戦略と「人・組織の戦略」の不1致に悩む経営者は少なくありません。事業の青写真だけを描いて人の手当を怠れば、現場は過負荷でパンクし、戦略そのものが空中分解してしまうことがあります。この記事では、経営戦略と人の戦略を無理なく揃え(アラインメント)、1体となって前進するための手順を整理します。
なぜ「経営戦略」と「人の戦略」はずれるのか
宿泊業において、経営戦略と人の戦略の間にギャップが生じる典型的な原因は主に3つあります。
- 時間軸のズレ(設備のスピードと人のスピードの違い)——客室の改装や予約システムの刷新は数ヶ月でできても、それを使いこなしておもてなしに昇華させる人材の育成には年単位の時間がかかる。
- 要件定義の欠落(どんな人材が必要かの不明確さ)——「客単価を上げて富裕層を呼び込む」という事業方針を掲げながら、そのために必要な語学力やワインの知識、接遇スキルを持った人材の採用・教育計画が具体化されていない。
- 経営と現場の対話不足(トップダウンの押し付け)——経営陣だけで戦略を決め、「とにかく現場で実行しろ」と通達するため、現場のスタッフが戦略の「意味」や「自分たちの役割」を理解できていない。
戦略を実行するのはシステムでも建物でもなく、現場のスタッフ1人ひとりです。人と事業を最初からセットで構想しなければ、どんな戦略も絵に描いた餅に終わります。
経営と人を同期させる「4段階のフレームワーク」
経営戦略と人の戦略を調和させるためには、以下の4段階でステップを踏んでいくことが有効です。
- 第1段階:事業戦略のゴールと価値の明確化——今後3年間で宿をどのような姿に導くのか(例:単価を引き上げて客室稼働率を適正化する、地域体験型宿泊へ舵を切るなど)を明確にします。
- 第2段階:戦略実現に必要な「人材要件」の特定——そのゴールを達成するために、「どのようなスキルや行動ができるスタッフが、各部門に何人必要なのか」を具体的に洗い出します。
- 第3段階:現在地とのギャップ分析と人材施策の設計——現在のスタッフのスキルや人数と、必要な要件との差(ギャップ)を直視し、「採用で補うのか」「育成で引き上げるのか」「業務改善で時間を生み出すのか」を決定します。
- 第4段階:進捗のモニタリングと柔軟な修正——経営会議で財務の数字と共に「人材育成の進捗」や「現場の受容度」を定点観測し、無理があれば事業のスピードを調整します。
人事戦略を「後付けの調整弁」にしない
宿泊業でよく見られる失敗は、経営戦略の細部まで確定させた後に、「あとは人事よろしく」と採用やシフトの調整だけを丸投げしてしまうことです。
このような後付けの対応では、現場は日常的に急な採用と突貫の教育に追われ、疲弊を深めてしまいます。
経営戦略を策定する初期段階から、人事担当者や現場のキーパーソンを巻き込み、「この戦略を実行するには、現場にどれだけの負荷がかかるか」「どんな支援が必要か」を1緒に議論することが不可欠です。
人の戦略が経営戦略の「土台」として組み込まれている宿ほど、変化に対してしなやかに適応できます。
取り組みが分かれた2つの宿
戦略と人の同期の成否によって、宿の未来はどう分かれたでしょうか(※特定の施設ではなく、典型的な状況をもとに整理した事例です)。
- A館(富裕層戦略に現場が置き去りにされた宿)——経営陣は高級旅館へのリブランディングを決定し、全室露天風呂付きに改装しました。しかし、専任コンシェルジュや本格懐石を提供できる人材の育成を怠り、従来のスタッフに過度な接客レベルを要求しました。プレッシャーに耐えかねたスタッフが次々と離職し、高単価に見合わないサービスでクチコミが大炎上し、巨額の改装費を回収できなくなりました。
- B館(改装計画と同時に2年間の育成を走らせた宿)——改装オープンの2年前から、スタッフ全員に「どんな宿を目指すのか」を共有しました。ワイン講座や英会話研修の時間を勤務時間内に確保し、スタッフの成長をじっくり支援しました。新装オープンの日、誇りと自信に満ちたスタッフがお客様を迎え、初年度から熱烈なリピーターを獲得して高単価戦略を見事に成功させました。
戦略の成否は、戦略の斬新さではなく、人をどれだけ丁寧に準備できたかで決まります。
組織の健康状態を確かめるチェックポイント
- あなたの宿の経営戦略は、現場スタッフのスキルや受入能力と無理なく同期していますか。
- 戦略の実現に必要な「人材の要件や育成計画」が、具体的に言葉になっていますか。
- 経営計画を立てる際、人事や現場リーダーが構想の初期段階から参加できていますか。
- スタッフに対して、宿が目指す方向とその中で期待される役割を丁寧に説明できていますか。
現場スタッフと交わしたい小さな対話
中期的な事業目標を1つ見つめ、「その目標を支えるために、現場で今どんな育成や準備が必要か」をノートに書き出してみてください。
- 人の成長と事業の歩幅を合わせることが、戦略をしっかりと結実させる第1歩になることもあります。
- 人と戦略を1体化させる経営姿勢が、あなたの宿の持続的な競争力とスタッフの働きがいを育みます。
あなたの宿の未来は、戦略と人の温かな調和の中に宿っています。