サステナビリティと人材定着
「せっかく採用した若手や中堅スタッフが、数年で次々と辞めていってしまう」「サステナビリティの取り組みが、本当に現場の人材定着や離職防止につながるのだろうか」。多くの宿泊施設で深刻な離職問題が続く中、サステナビリティと人事戦略を結びつけて考える経営者はまだ多くありません。「環境への配慮や地域貢献は、余裕ができてから考えるものだ」と後回しにしていると、現場の働きがいが失われ、離職の連鎖を止められなくなってしまうことがあります。この記事では、サステナビリティの推進がなぜスタッフの定着率を大きく高めるのか、その構造と実践手法を整理します。
なぜ若手・中堅は「サステナブルでない宿」を去るのか
宿泊現場でスタッフが離職を決意する背景には、給与や労働時間だけでなく、「この宿で働き続ける意義を見出せない」という深い失望や徒労感があります。
- 「使い捨てにされている」という感覚——人手不足を埋めるためだけに無理なシフトを組まれ、疲弊しても経営陣から労いの言葉がないとき、スタッフは組織への信頼を失います。
- 「環境や地域に悪影響を与えている」という葛藤——毎晩大量の残食をゴミ袋に詰めたり、近隣住民から苦情を言われたりする現場では、自分の仕事に誇りを持つことが難しくなります。
- 「将来が見えない」という閉塞感——宿自体に未来への明確なビジョンがなく、場当たり的な営業が続いていると、優秀な人材ほど早めに見切りをつけて転職していきます。
現代の働き手、特に若い世代は、「自分の働く組織が社会や地球に対して誠実であるか」を敏感に見つめています。
サステナビリティが人材定着を生む「4つの作用」
サステナビリティへの真摯な取り組みが、現場スタッフの心にどのような変化をもたらすのかを整理します。
- 作用1:仕事に対する「誇り(自己肯定感)」の回復——「うちの宿は食材ロス削減に真剣に取り組んでいる」「地元の農家さんを支えている」という実感は、日々の地道な業務に尊い意味を与えます。
- 作用2:現場の「心理的安全性」の向上——人を大切にし、持続可能な働き方を追求する経営姿勢は、現場の安心感を生みます。ミスを責め合わず、お互いを気遣い合える温かな職場風土が育ちます。
- 作用3:共感による「リファラル採用と定着」の好循環——宿の理念に誇りを持つスタッフは、友人や知人に「うちの宿は本当に良い職場だよ」と自然に紹介するようになります。理念に共感して入社するため、定着率も極めて高くなります。
- 作用4:健康で長く働ける「労働環境」の確立——シーツ交換の簡素化や業務プロセスの見直しなど、現場の身体的負担を減らすサステナビリティの工夫は、スタッフの健康寿命を延ばし、長期勤続を可能にします。
サステナビリティとは、自然環境だけでなく、「そこで働く生身の人間を持続可能にすること」に他なりません。
HRBP視点:サステナビリティを定着施策に組み込む手順
経営者や人事担当者が、サステナビリティを現場の人材定着につなげるための実践ステップです。
- ステップ1:経営理念と社会的使命の言語化——自館が「誰のために、何のために地域に存在しているのか」を明確にし、現場のスタッフに平易な言葉で伝えます。
- ステップ2:現場主導の小さな改善プロジェクトの設置——経営陣が1方的に決めるのではなく、若手や現場スタッフを交えて「館内の無駄をなくすアイデア」を出し合います。当事者意識が芽生え、組織への愛着が深まります。
- ステップ3:貢献の可視化と感謝の伝達——食品ロスの削減量や、地域の方から届いた感謝の声を朝礼や社内報で共有し、スタッフの努力を讃え合います。
自分たちの工夫が宿と地域を良くしているという実感こそが、最大の定着促進剤となります。
組織の姿勢が分かれた2つの事例
サステナビリティへの姿勢の違いによって、人材の定着はどう分かれたでしょうか(※宿泊現場の実情を踏まえたケーススタディです)。
- A館(効率至上主義で人を使い回した宿)——売上と目先の利益だけを追求し、スタッフの残業や疲弊を顧みませんでした。地域との交流も拒み、大量のゴミを出し続けた結果、スタッフは「誇りを持てない」と次々に退職。年間を通じて求人募集を出し続ける悪循環から抜け出せなくなりました。
- B館(人と自然に誠実な宿づくりを進めた宿)——連泊清掃の見直しでスタッフの身体的負担を減らし、地元食材をふんだんに使った料理でお客様と生産者をつなぎました。スタッフは宿の取り組みに深い誇りを持ち、「この宿でずっと働き続けたい」と語るようになりました。離職率は極めて低く抑えられ、採用費をかけずに優秀な仲間が集まり続けています。
人を大切にし、社会に誇れる宿であることが、何より強い採用力と定着力を生み出します。
自館で確認しておきたい4つのポイント
- あなたの宿のスタッフは、自分の職場に胸を張って誇りを持てていますか。
- 人手を単なる「コスト」として扱い、疲弊させていませんか。
- 宿の環境配慮や地域貢献の取り組みに、現場のスタッフが主体的に参加できていますか。
- 「この宿で10年後も安心して働ける」という希望をスタッフに示せていますか。
リーダーが今日からできる小さな工夫
今日頑張ってくれたスタッフの1人に、「いつも宿とお客様を支えてくれて本当にありがとう」と心からの感謝を伝えてみてください。
- 人を大切にする誠実な1言が、宿の持続可能性を支える揺るぎない絆を育む第1歩になることもあります。
- 働く人の命と尊厳に寄り添う温かな経営が、あなたの宿を長く信頼される世代交代を経ても安定した経営と信頼を維持できる宿へと育てます。
あなたの宿には、人と人が共に育ち、未来へと希望をつなぐ確かな力が宿っています。